Telephone call -Morning-
Telephone call……今回のテーマは通話です。珍しく短編を書いたのでまとまってないかもしれませんが、生温かい目で見てあげてください。突発的なものなので、改訂版を出すかもしれません。
「もしもし、おはようございます」
朝日も昇り始めた、早朝。
ビジネスホテルの最上階で朝を迎えた千夜は、室内に備え付けられた白い受話器を忌々しく見つめながらも取った。
――――――――まったく、誰かしら。こんなに早く。非常識。
腹の中は寝起きモードでいらいらとしながらも、口から出たのは驚くほどすがすがしい営業用の声だった。普段から気張ってれば、こういうときも便利なのね。なんてどうでもいいようなことを頭にとどめながら電話口の向こうの人物の言葉を待つ。
『低血圧の君にしては、随分とすがすがしい声だね』
「……社長」
『おいおい、社内でもないのに社長はやめてくれよ』
――――――――朝からなんのジョークよ。
耳元に響くのは今回の海外出張を命令した我らが社長、尾崎社長である。若くして先代を継いだ彼は、経済界では若手のホープとして高い支持を受ける、28歳だ。彼の低くて甘い声は社内や取引先でも定評がある。
千夜は眉間にしわを寄せながら、同年代とは思えないほどにはしゃぐ彼に溜息を落とした。営業用にへと変換していた声は少々低くなり、疲れがにじみ出ている。
「社長」
『ちがーう。斎、でしょ』
「……斎、こっちは朝なんだけど。わかってる?」
『あったり前でしょ、彼女の居る場所の時刻ぐらいわかってますー』
「……私が低血圧なのも知ってますよね」
『もちろんだよ』
「切りますよ」
『ごめん』
斎、彼は千夜の上司であり彼氏。もっといえば婚約者という立場にある。日本にいる彼からすれば愛のこもったラブコールなのだろうが、時差が祟って海を越えればただの嫌がらせ電話。低血圧の千夜からしたら、ただでさえ弱い朝なのに、早朝から起こされていい迷惑である。
千夜はくしゃくしゃになった長い黒髪をなでながら受話器をもちなおす。
「時差って言葉知ってますか」
『さすがに知ってるよ』
「じゃあ意味を理解してください」
『朝早いからか分からないけど、いちいち言葉が痛いよ』
「黙ってください」
『えー、でも俺さみしかったんだもーん』
「……爆発してしまえ」
子供のようにはしゃぐな、耳に響く。受話器から延びるコードを指で弄びながら、最高潮に近づいたいらいらをなんとか鎮めた。斎がくすくすと笑いながら言葉を紡いだとほぼ同時に、千夜の寝ぼけた頭は覚醒した。
『まぁもうすぐ直に会えるけどね』
「……は?」
彼のハスキーボイスが悪戯にかすれる。電話口の向こうで喉で笑うような声が聞こえた。
「……斎、ついに頭狂ったわけ? 私はあと数週間は帰らない予定よ」
『うん、知ってる。むしろその予定作ったの俺だし』
「……あなたは社長なのよ」
『おうよ、だから海外だろうとひとっ飛び!ってね』
「――――馬鹿じゃないの」
うれしい。どうしよう、うれしい。
千夜はくす、と笑った。彼の考えはいつも突拍子もない。いつも。
『ねぇねぇ、嬉しい?』
「……ふふ、自分で考えてみれば?」
『えー言ってよ』
でも。仕事をほっぽり出すような社長には素直に返事しないでおこう。絶対調子に乗るから。
「社長。そんな理由でこっちに来れば、また私の立場が悪くなるんですが。それでもいいんですか?」
『うっ』
「苦しそうなうめき声を上げるぐらいなら来ないでくださいよ」
彼女としてこれはどうなんだろう。いくらなんでも可愛げがないかもしれない。千夜は薄暗い部屋の中から小さめのブラシを探し出して髪をとかす。
立場が悪くなる、というのは社内のことでもあり、社長のお母様からのこともある。彼女は仕事をする女ではなく、家庭にいる女になってほしいらしい。分からなくもないけど、寿退職なんて冗談じゃない。
「それから社長。来週の会合でのスピーチはお考えになりましたか?」
『ううっ』
「あなたは本当に分かりやすい人ですね」
『君の前でだけだよ』
「そういうジョークを言ってられるなら仕事してくださいよ……」
おい、社長の秘書。お前の仕事がごろごろ転がってるぞ、この社長を何とかしろ。
「社長」
『まだあるのかい……』
電話口から聞こえた上司の声は本当にうんざりしているようだ。ちょっといじめすぎただろうか。
『……なに』
「こっちまで来てくれるって聞いたとき、うれしかったよ」
『……デレきた』
「うるさい」
『テレビ電話にすればよかった』
あぁしまった。コイツ普通に元気だったよ。私はあきらかにタイミングを間違えた。自然と眉間にしわが寄ってきて、声が少し低くなる。これは不可抗力だから仕方ない。
『母さんのことはどーにかなるさ』
「……適当なこと言うなよ」
『スピーチだって最後までためれば君が書いてくれるでしょ』
「もう絶対書いてやらないから。自分で書いてよ」
『おーあいむそーりー』
「私がいるの英語圏じゃありません」
とか何とか言って。最終的に書くのは私である。何度も言うが、秘書。お前何している。
『ねぇ千夜』
「……どうでもいいけど。私、斎の声好きだよ」
『デレきt……やめよ。じゃあ今夜あたりにずっと呼びながら抱いてあげr』
「爆発しろ」
ギリギリ下ネタだよそれ。
『千夜』
「ん、なに」
『俺も千夜の声、好きだよ』
電話は、苦手だ。相手の表情が読み取れなくて、何を考えているか分からないから。もちろん営業のときは自分の顔から考えを悟られないから便利だが。家族や知人と話すときは、顔を見て話したい。
『千夜』
「なに、斎」
『俺ね、今実は飛行機の中なんだぁ』
「……今?」
『うん、昨日お忍びで乗ってきた』
「……だから自家用機じゃないのね」
『久々だなぁ飛行機』
「ほのぼのしてる場合じゃないですよ、前半の会話無駄だったじゃないですか」
『あと一時間ぐらいで着くよ』
「話を聞け」
朝日が昇ってくる。太陽は憎たらしいくらいに綺麗に光っていて目が痛い。
『千夜ー』
「……なに」
『……もしかしなくても怒ってる、よね』
「もちろん」
『……でも、会社より千夜のほうが大事だし』
「馬鹿」
『ひどい』
千夜の口元がゆがむ。彼は良くも悪くも素直なんだと再確認して笑った。
「……今のは、社員の立場としてです」
『じゃあ、彼女の立場からしたら?』
「遅い」
『遅い?』
「今すぐ会いたい」
『なにこのベタなデレ方! でも好き!』
「叫ぶな」
『……そうだ、千夜』
「なによ」
『俺達いいかげん』
『結婚しようか』
突拍子もない彼が好きです。
――Under a telephone call――
「……お母様が許したの」
『もちろん』
「……この電話かけてきた意味あったの」
『千夜の声聞くため』
「ボイスレコーダーにでも録音してください」
『それいい考えだね!』
「……」
『これからよろしくねー』
「……よろしくお願いします」
この愛に終わりはない。
8/12 改訂・Under a telephone call追加