婚約破棄されたので全てを捨てた令嬢は隣国皇太子に拾われ溺愛されながら元婚約者に復讐します
「――よって、エリシア・フォン・ローゼンベルクとの婚約を破棄する!」
王宮の大広間に、冷酷な宣告が響き渡った。
視線が一斉に私へと突き刺さる。好奇、嘲笑、同情――様々な感情が混ざり合った空気の中で、私はただ静かに立っていた。
「理由は明白だ。彼女は傲慢で、嫉妬深く、そして――不貞を働いた」
「……不貞、ですか」
思わず、口元が緩む。
滑稽だった。あまりにも。
私の婚約者であった第一王子レオンハルトの隣には、涙を浮かべた令嬢が寄り添っている。最近やけに親しげだと思っていたが、なるほど、こういう筋書きだったらしい。
「証拠もある。君はすでに貴族として失格だ」
「……では、お好きになさってくださいませ」
私は軽くスカートを持ち上げ、優雅に一礼した。
ざわり、と空気が揺れる。
取り乱すと思っていたのだろう。泣き崩れるとでも?
「ただし――」
顔を上げ、まっすぐに彼を見据える。
「その言葉、決して覆すことはなさいませんように」
その瞬間、レオンハルトの眉がわずかに動いた。
けれど、もう遅い。
すべては終わったのだから。
その日のうちに、私は屋敷を追い出された。
父も母も、私を庇うことはなかった。むしろ、厄介払いができたとでも言いたげだった。
「……本当に、何もかも終わりね」
夜の街を一人歩く。
ドレスの裾は汚れ、髪も乱れている。それでも、不思議と涙は出なかった。
(……悔しい、か)
答えは、否。
悔しいを通り越して、冷え切っていた。
「行く当てはあるのか?」
不意に、低く落ち着いた声が背後から響いた。
振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
銀の髪に、夜を映したような蒼い瞳。明らかに只者ではない気配を纏っている。
「……あなたは?」
「名乗る前に、答えを」
その声音には、有無を言わせぬ圧があった。
「……ありませんわ」
正直に答えると、彼は一瞬だけ目を細めた。
「ならば来い。拾ってやる」
「……は?」
「お前は捨てられたのだろう。ならば、私が拾う」
あまりにも傲慢で、あまりにも当然のような言い方。
けれど――
「……変わった方ですのね」
思わず、笑ってしまった。
「だが、悪くない」
彼はそう言って、私の手を取った。
その手は、驚くほど温かかった。
彼の正体は、隣国アルヴァリア帝国の皇太子――ルシェル・アルヴァリアだった。
「……なぜ、私を?」
「簡単なことだ」
彼は書類から目を離さずに言う。
「お前が有能だからだ」
「……有能?」
「気づいていないのか?お前は」
初めて、彼は顔を上げた。
「王国の経済、貿易、貴族間の調整。その大半に、お前が関わっていた」
言葉を失う。
確かに、私は裏で様々な調整をしていた。けれどそれは、婚約者を支えるために当然のことだと思っていた。
「それをすべて失った王国は、いずれ傾く」
「……」
「だから私は拾った。価値あるものをな」
合理的で、冷酷で――
けれど、その瞳の奥には、どこか優しさがあった。
「安心しろ」
ふいに、彼は私の頬に触れる。
「お前はもう、誰にも捨てさせない」
その言葉に、胸がわずかに熱を帯びた。
それからの日々は、怒涛のようだった。
私は帝国で力を取り戻し、次第に影響力を持つようになった。
そして同時に――
王国の没落は、静かに始まっていた。
「……見事だな」
ルシェルが、窓の外を見ながら呟く。
そこには、慌ただしく行き交う使者たちの姿。
「貿易が止まり、資金が流出し、貴族が離反する。すべて、お前の仕組みか」
「……ほんの少し、手を加えただけですわ」
微笑む。
そう、ほんの少し。
私がいなくなっただけで、あの国は崩れる。
それだけの脆さしかなかったのだ。
「後悔は?」
「……いいえ」
即答だった。
「ただ――」
ふと、あの日の光景が脳裏をよぎる。
「終わらせるだけですわ」
すべてを。
数ヶ月後。
私は再び、あの王宮の大広間に立っていた。
ただし今度は――
「帝国皇太子殿下の婚約者、エリシア・アルヴァリア様のご到着です!」
歓声とどよめきの中で。
「……な、なぜお前が……!」
青ざめるレオンハルト。
その隣の令嬢も、震えている。
「ごきげんよう」
私は、ゆっくりと微笑んだ。
「お久しぶりですわね」
「……!」
「婚約破棄、ありがとうございました」
その言葉に、彼の顔が歪む。
「おかげで、素敵な方に出会えましたの」
そう言って、隣に立つルシェルの腕にそっと触れる。
「……貴様……!」
「それと――」
一歩、前に出る。
「あなた方に、お礼を」
静まり返る空間。
「あなた方が捨てたものが、どれほど価値あるものだったか」
私は、ゆっくりと告げた。
「今から、教えて差し上げますわ」
その瞬間――
王国崩壊の引き金が、引かれた。
「……やりすぎではないか?」
帰りの馬車の中で、ルシェルが苦笑する。
「そうかもしれませんわね」
窓の外を眺めながら、私は答える。
「でも、後悔はしていません」
「だろうな」
彼は肩をすくめる。
「……エリシア」
「はい?」
「これからは――私の隣にいろ」
その言葉に、私は目を瞬かせた。
「命令、ですか?」
「願いだ」
少しだけ、不器用な声音。
思わず、笑みがこぼれる。
「……ええ、喜んで」
私は、彼の手を握った。
もう二度と、捨てられることはない。
そして――
今度は私が、すべてを手に入れる番だ。
(――これが、私の復讐であり)
(そして、幸せの始まり)
物語は、ここから続いていくのだから。




