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社畜SE、異世界で“世界のバグ”を修正する ~スキルログ閲覧とパッチ適用で最強のシステム管理者になりました~  作者: 村人E


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7/7

古い設備ほど、壊れた時に場所が悪い

北の谷へ向かう準備は、思った以上に早く整った。


 村に余裕がない以上、長い見送りもなければ、大げさな壮行会もない。

 必要なものだけを持つ。水、干し肉、布、縄、簡単な薬草。あとはセレナが神殿から持ち出した古い地図の断片と、俺の懐に入れた青鍵の破片。


 村の広場では、まだ井戸の周囲で慌ただしい動きが続いていた。

 封鎖した井戸に近づかないように縄が張られ、別働きの村人たちが山側の湧き水へ桶を運んでいる。


 完全な復旧には程遠い。

 だが少なくとも、無策ではなくなった。


 出発前、村長ガルドが硬い顔で言った。


「戻ってこられるのですな」


 質問ではなく、確認だった。


「生きていればな」と俺。

「縁起でもありません」

「無責任な保証はしないだけだ」


 ガルドは苦い顔をしたが、否定はしなかった。

 現状を見れば、楽観論の方がよほど無責任だ。


「ですが」と彼は続けた。「村の者たちは、あなた方を頼りにしています」

「頼る先を一つに絞るな。運用として脆い」

「……そういう時でも、その話し方なのですね」

「癖だ」


 横でセレナが小さくため息をつく。


 村を出る直前、ミナが走ってきた。

 両手で小さな布袋を抱えている。


「これ、お兄ちゃんたちに」


 中身は固い焼き菓子のようなものだった。

 形は不格好だが、甘い香りがする。


「お母さん、少し起きられるようになったの」とミナが言う。「ありがとう」


「礼はまだ早い。根本は直ってない」


「それでも」


 ミナは真っ直ぐに俺を見た。


「戻ってきてね」


 俺は返事に少し詰まった。

 こういう言葉に、うまい返し方を俺は知らない。


「……努力はする」


 横でセレナがぼそりと呟く。


「不器用ですね」

「放っておけ」


      ◇


 村の北外れを抜けると、景色はすぐに変わった。


 畑と家並みが途切れ、白樺の林が始まる。

 白い幹が等間隔に立ち並び、朝の光を受けて不自然なくらい明るい。風が吹くたびに葉が擦れ合い、乾いた音を立てる。


 だが、その美しさとは裏腹に、空気は妙に張りつめていた。


 俺の視界には断続的に警告が流れている。


regional water node degradation: 34%

peripheral seepage detected

contamination signatures found ahead


「やっぱり、村だけじゃ止まってないな」


「見えているのですか?」とセレナ。

「ああ。前方で汚染反応が増えてる」


 彼女は周囲を警戒するように見回した。


「私はまだ、目に見える異常しかわかりません。ですが……確かに、この林はおかしい」

「どうおかしい」

「風の流れが鈍いんです。本来なら、もっと葉が鳴るはずなのに」

「局所環境の変質か」

「そういう言い方をされると、だんだん腹が立たなくなってきました」

「慣れだな」

「慣れたくありません」


 足元で、半透明の守護狼が音もなく歩いている。

 神殿を離れても消えないということは、こいつはノード07限定の守護獣ではなく、セレナか俺に仮紐付けされた状態なのかもしれない。


 試しにログを開く。


guardian_daemon (temporary companion mode)

stability: 61%

linked admins:


Makabe Koichi

Serena


「……コンパニオンモードって何だよ」


「何ですか?」

「いや、こいつが完全な野良ではないらしい」

「それは良いことなのですか」

「半分良い。半分怖い」

「最悪ですね」

「同感だ」


 しばらく歩くと、林の中に浅い流れが見えてきた。

 小さな沢だ。石の間を縫うように水が流れている。


 だが、近づいた瞬間に違和感が走る。


 水が、遅い。


 流れてはいる。

 だが自然の沢にしては妙に粘る。表面がとろりと重く、ところどころに薄い赤黒さが混じっていた。


 セレナが顔をしかめた。


「これも……」

「ああ。汚染が上がってきてる」


 俺はしゃがみ、流れを確認する。


stream contamination: 9%

source lineage match: northern water route

note: polluted flow is being regulated artificially


「人工的に、だと?」


「何かわかりましたか」


「水が汚れてるだけじゃない。誰かが流量か経路をいじってる」

「そんなことが、この森で?」

「だから祠が怪しいんだろ」


 その時だった。


 沢の上流から、微かな金属音が響いた。


 カン、という乾いた音。

 風や鳥の気配ではない。道具が何かに当たったような音だ。


 俺とセレナは同時に顔を上げる。


「聞こえましたね」とセレナ。

「ああ。先客がいるかもしれん」


 守護狼が低く唸り、耳を伏せた。

 警戒反応だ。


 俺たちは林の中を慎重に進む。

 白樺の幹を遮蔽物にしながら、沢沿いに上流へ向かう。


 やがて、木々の隙間から石造りの小さな建物が見えた。


「……あれか」


 水守りの祠。


 規模は神殿よりずっと小さい。

 だが造りは似ている。白い石材、風化した柱、入口の上に刻まれた古い紋章。神殿の亜種、あるいは下位施設といった印象だった。


 問題は、その状態だ。


 祠の半分が地盤ごと傾き、片側は崩れた岩に埋もれている。

 入口前の石段には泥が溜まり、沢から引かれた細い水路が不自然に増設されていた。


「放置どころじゃないな……」


「ええ」とセレナ。「意図的に水を集めています」


 古い施設に、後から手が加えられている。

 しかもかなり雑だ。仮設の溝、削られた石、無理やり繋がれた導水路。


 俺は視界のログを開く。


northern valley water shrine

access state: degraded / partially reopened

recent manual modifications detected

foreign administrator trace: strong


「黒だな」

「再構成派ですか」

「まず間違いない」


 祠の周囲に人影はない。

 だが先ほどの金属音はここから聞こえたはずだ。


 俺たちはさらに距離を詰める。

 すると、地面に新しい足跡が残っているのが見えた。


「複数人」と俺。

「わかるのですか?」

「わかる。少なくとも二人。片方は軽い、片方は荷を持ってる」

「猟師では?」

「この施設の周りだけ足跡が集中しすぎてる。用事がある動きだ」


 セレナは唇を引き結んだ。


「先に入られた後、ということですね」

「かもしれん。だが、まだ近くにいる可能性もある」


 俺が青鍵の破片を懐から取り出すと、破片は淡く光り始めた。

 青い脈動。間違いなく、この祠に反応している。


「反応した……!」とセレナ。

「距離で光量が変わってる。やっぱり鍵の本体か残りの破片が中にある」


 その瞬間、祠の奥から水音が強くなった。


 ざあ、と。


 自然の流れではない。

 水門が開いた時みたいな、一気に圧が変わる音だ。


「隠れろ」


 俺がセレナの腕を引き、倒木の陰に身を伏せた。


 数秒後。

 祠の壊れた側面から、水が溢れ出した。


 ただの水ではない。

 薄く赤黒い筋を混ぜた水流が、地面を這うように広がっていく。まるで何かを探しているみたいに、細く枝分かれしながら。


「またあの擬似生命か……?」


「いえ、違います」とセレナが小声で言う。「もっと、薄い……広がるための水です」


 その表現は的確だった。

 形を持った敵ではない。もっと厄介なタイプだ。


 ログが表示される。


contamination release event

type: scouting flow / route-mapping

purpose estimate: search for boundary weakness


「偵察用フロー……?」


「何ですか」

「向こう、水をばら撒いて地形を読んでる。境界の弱い場所を探してるっぽい」

「それはつまり」

「本格的に流す前の下見だ」


 セレナの顔が険しくなる。


「今ここで止めなければ、谷全体に回りますね」

「ああ。しかも村側へ戻る流れも読まれる」


 祠の中で、また何かがぶつかる音がした。


 それに続いて、人の声。


『……いや、流量が足りない』

『祠のコアがまだ半分眠ってるんだよ』


 若い男の声。

 地下管理層で通信越しに聞いた声と同じではない。だが、方向性は同じだ。


 そしてもう一人。


『だったら鍵の残りを先に探せ。こっちは仮設経路を維持する』

『例の候補者が来る前に終わらせろ』


 俺とセレナは顔を見合わせた。


「完全に向こうの人間ですね」とセレナ。

「だな。しかも俺たちを把握してる」


 最悪なのは、相手がただの破壊工作員ではないことだ。

 会話の内容からすると、設備理解がある。現地で仮設経路を引き、コアの稼働率を見ている。


 つまり、現場慣れしている。


 俺は祠の構造を目で追った。

 正面入口は半壊。側面は崩落。沢側に増設された導水路。出てきた偵察用フロー。


 正面突破は危険だ。

 だが放置も論外。


「真壁、どうします」


 セレナが囁く。

 声は落ち着いているが、手元の杖には力が入っていた。


「状況整理だ」


「今ここで?」

「こういう時ほど必要だ」


 俺は短く息を吐き、指で地面に簡単な図を描く。


「敵は少なくとも二人。施設内部を一部再起動済み。青鍵の残りか本体を探索中。水の偵察フローを流して境界確認をしている」

「はい」

「こっちは祠の正式手順を知らない。ただし破片がある。お前は神官権限持ち。俺は暫定管理。守護狼は補助枠」

「ひどい整理ですが、だいたい合っています」


「問題は先手を取られてることだ」

「なら奇襲を」

「半端な奇襲は危険だ。古い設備で戦闘始めると、大体施設ごと落ちる」


 セレナが一瞬だけ黙る。


「……それは経験談ですか」

「嫌になるほどな」


 その時、懐の青鍵の破片が急に熱を持った。


「っ……!」


 俺は反射的に布越しに押さえる。

 破片の光が強くなり、祠の入口上部に刻まれた紋章がそれに呼応するように青く点滅した。


「まずい」と俺。

「気づかれます!」

「もう遅い!」


 祠の中の会話が止まった。


 次の瞬間、壊れた入口の奥から声が響く。


『……来たな』


 水音が一段強くなる。

 細く広がっていた偵察フローが、一斉にこちらへ向きを変えた。


 見つかった。


 そして、祠の暗がりの奥に、人影が二つ立ち上がるのが見えた。


 一人は長身の男。手に金属の杖のような器具を持っている。

 もう一人は小柄で、外套の上から工具袋のようなものを提げていた。


 どちらも神官には見えない。

 だが素人でもない。


『候補者くん本人かは知らないけど』


 長身の男が笑う。


『そこまで来たなら、見学だけじゃ帰せないな』


 祠の床下から、低い駆動音のようなものが響き始めた。


alert

partial water gate activation

hostile route lock in progress


 俺はゆっくり立ち上がり、祠を睨んだ。


「……交渉する気はなさそうだな」


「最初からそのつもりはないでしょう」とセレナ。

「ああ、だろうな」


 壊れた祠。

 起動しかけた水門。

 現場慣れしている敵。

 しかも相手は、こちらが鍵の破片を持っていることに気づいた。


 状況は悪い。

 だが一つだけ救いがある。


 向こうも、完全復旧には至っていない。


 だから今ならまだ、止められる。


 俺は泥に汚れた手で青鍵の破片を握り込み、低く吐き捨てた。


「古い現場を勝手改造するやつが一番面倒なんだよ」


 祠の奥で、水が唸る。


 北の谷の現場は、ついに正面衝突の段階に入った。

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