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社畜SE、異世界で“世界のバグ”を修正する ~スキルログ閲覧とパッチ適用で最強のシステム管理者になりました~  作者: 村人E


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6/6

水の障害は、切ってもだいたい直らない

水の擬似生命は、用水路の中で細長い体を揺らしていた。


 蛇のように見える。

 だが生き物ではない。水そのものが無理やり形を保たされ、その内側に赤黒い汚染が脈打っているだけだ。


 巻きつかれた若い男が、泥の上でもがいている。


「た、助けてくれ……っ!」


「動くな!」


 叫びながら、俺は視界のログを開いた。


contaminated water-form

classification: pseudo-life / unstable

current source: irrigation branch line

weak point: core current disruption

caution: physical severance ineffective


「やっぱりそうか」


「真壁!」とセレナが叫ぶ。「切っても戻ります!」


「見ればわかる!」


 彼女の風刃で裂かれた水の胴体は、すでに元通りになっていた。

 切断は効かない。そもそも本体が“流れ”にあるなら、形だけ壊しても意味がない。


 擬似生命が、足首に巻きついたまま男をさらに水路へ引きずり込もうとする。

 力そのものはそこまで強くない。だが水に足を取られれば十分危険だ。


「セレナ、そいつを剥がすんじゃない! 頭をこっちへ向けさせろ!」

「どうやって!」

「わざと刺激しろ、ただし切るな!」


 セレナは一瞬だけ迷い、それでもすぐに杖を振った。

 風が水面を打ち、擬似生命の顔めいた先端がこちらへ向く。


 青く濁った目のようなものが、俺を捉えた。


「よし、来い」


 もちろん来てほしくはない。

 だが今は、巻きつかれている男から意識を逸らさせる方が先だ。


 擬似生命が跳ねた。

 鞭みたいにしなる水の体が、用水路の縁を越えて俺へ伸びる。


 横に飛んで避ける。泥が跳ね、靴が沈む。

 避けながら、視線だけは用水路全体を追った。


 そして気づく。


「……枝線か」


「何ですか!?」


「こいつ、本流から直接来てるんじゃない。畑の脇に引いた支流に乗ってる!」


 畑へ水を回すための木製の水門。細い用水の分岐。

 つまり、こいつは本流全体ではなく、この枝線に現れている汚染の塊だ。


 なら、やることは一つ。


 切るんじゃない。

 隔離する。


「ガルド!」


「は、はい!」


 村長が青ざめた顔で返事をする。


「この支流、どこで止められる!」

「上流に木戸があります! 水量を調整する板が……!」

「閉められるか!」

「二人いれば……!」


「今すぐ閉めろ! あと下流もだ! 水を逃がす先はあるか!」

「下の溜め枡なら……!」


「ならそこも閉じろ! この区間を一本まるごと孤立させる!」


 村人たちは一瞬ぽかんとした。

 だが、具体的な指示は人を動かす。


「お、おい、急げ!」

「板を持ってこい!」

「下流側も閉めるんだ!」


 数人の男たちが走る。


 擬似生命がまた若い男の方へ戻ろうとした。

 俺は近くにあった長い農具の柄を拾い、水面を強く叩く。


「こっちだ、クソ配管野郎!」


 水の体がこちらへ反転する。

 その間に、巻きつかれていた男は他の村人に引きずられて離脱した。


「足は!?」と俺。

「し、痺れる……でも動く……!」


 まだ助かる。


 だが擬似生命は、助かったことで終わってはくれない。

 むしろ狙いを失い、形が不安定になり始めた。


warning

target seeking new route

branch isolation in progress... 41%


「急げよ……!」


 上流側で、男たちが木戸に板を叩き込む音がした。

 同時に下流側でも、誰かが叫ぶ。


「閉めたぞ!」


 用水路の流れが、わずかに鈍る。

 擬似生命の体が揺れた。


branch isolation in progress... 73%


「効いてる……!」


「真壁、次は!?」とセレナ。


 俺はログを追う。


isolated fragment detected

emergency action available:


local purge


forced evaporation(unstable)


quarantine seal

condition: boundary definition required


「境界定義……」


 その瞬間、古文書の一文が頭をよぎった。


 ――水は境界を記憶する。


「そういうことか」


「何かわかったのですね!」

「ああ。こいつ、水路の形を覚えてる。逆に言えば、境界をはっきりさせれば、その中に閉じ込められる」


「はっきり……?」


「セレナ! 風でこの区間の両端を押さえろ! 広げるな!」

「封じればいいのですね!」

「そうだ。線を引け!」


 セレナが杖を掲げる。

 風が渦を巻き、用水路の上流端と下流端に半透明の膜が張られる。

 水そのものを止めるほどではないが、境界を示すには十分だった。


 だがログはまだ不足を告げている。


boundary definition incomplete

local authority assist recommended


 足元で、半透明の守護狼が低く唸った。


 青い目が、用水路の端を見ている。


「お前、わかるのか」


 狼は返事の代わりに、静かに水路の縁へ降りた。

 その爪が土を踏んだ瞬間、青白い線が地面に走る。


 用水路を囲むように、細い光の枠が描かれた。


 ログが変わる。


boundary definition complete

support source: guardian_daemon subroutine


「……いい仕事するじゃねえか」


 狼がこちらを見た。

 少しだけ得意そうに見えたのは、たぶん気のせいじゃない。


「真壁! 今です!」


「ああ!」


 俺はメニューを開き、隔離された擬似生命を選択した。


isolated contaminated fragment

execute local purge?

warning: residual trace may remain

[YES / NO]


「YES!」


 青い光が、用水路全体を一瞬だけ満たした。


 擬似生命が跳ねる。

 その体の内側を走っていた赤黒い筋が、上から順に剥がれ落ちていく。


 蛇のような輪郭が崩れ、水はただの水へ戻ろうとする。

 だが中心部に、ひとつだけ小さな青い核が残った。


purge complete 82%

foreign trace retained

artifact detected


「……異物か」


 擬似生命は最後に細く震え、そのまま音もなく崩れた。

 用水路に残ったのは、濁った水と、手のひらに乗るほどの青い結晶片だった。


 セレナが息を呑む。


「これは……」


「触るな。まだログを見る」


 俺はしゃがみ込み、結晶片へ視線を向けた。


unidentified blue fragment

signature match: water gate key / partial

source estimate: northern valley route

note: key has been split


「……当たりだ」


「青鍵、ですか?」


「ああ。ただし完全な鍵じゃない。破片だ」


 セレナの顔が険しくなる。


「では、水ノードへ入るには……」

「残りを集める必要があるか、元の場所へ行く必要がある」


 その時、後ろから年老いた声がした。


「その石……昔、見たことがあるよ」


 振り向くと、腰の曲がった老婆が立っていた。

 村の騒ぎを聞きつけて来たのだろう。手には杖をついている。


 ガルドが目を見開く。


「ハンナ婆さん、危ないから下がっていてください」

「危ないのはわかっとるよ。だから言いに来たんだろうが」


 老婆――ハンナは、俺の持つ結晶片を細い目で見た。


「若い頃、北の谷の“水守りの祠”で、よく似た青い石を見たことがある」

「水守りの祠?」とセレナ。

「今はもう誰も行かん。谷道が崩れてから、長いこと放ってある」

「場所はどこだ」と俺。


 ハンナ婆さんは、震える指で北を示した。


「村の外れを抜けて、白樺の林を越えた先じゃ。昔は水門番がいた。春先には神殿から神官も来とった」

「水門番……」


「青い石は、その祠の奥で水を鎮める鍵だと聞いた。けど、十年……いや、もっと前か。大雨の年に祠が壊れて、それきり誰も触っとらん」


 セレナと視線が合う。


 条件は揃いすぎていた。

 古い水管理施設。青鍵に似た結晶。北の谷。放置されたままの祠。


「ほぼ確定だな」


「ええ」とセレナ。「次はそこです」


 だが、その前に一つ確認しなければならないことがある。


 俺は再び結晶片のログを開いた。


trace analysis...

foreign administrator marker detected

tag: reconstruction route beta


「……やっぱりな」


「何ですか」


「この破片、ただ落ちてたんじゃない。あいつの痕跡が混じってる」


 再構成派。

 地下管理層で通信してきた、あの男だ。


 つまり北の谷の水守りの祠は、単なる古い設備じゃない。

 すでに向こうも触っている現場ということになる。


 ガルドが不安げに口を開いた。


「旅のお方……村はどうなります」

「正直に言う。今すぐ全部は直らない」

「……」


「だが原因は追える。井戸は封鎖継続、畑の用水も止めろ。飲み水は山の湧き水に切り替える。症状が出た人間は俺とセレナが確認する」


 それしかない。

 根本を叩くまでは、暫定運用で持たせるしかない。


「ガルド」と俺。

「は、はい」

「今日の村の仕事は変える。畑優先はやめろ。水の運搬、病人の確認、家畜の隔離。これが最優先だ」

「わかりました……!」


 村長が走っていく。


 セレナは青い破片を見つめながら、静かに言った。


「真壁。あなた、少し慣れてきていませんか」


「何に」


「異世界の神殿や祠を見て、“古い設備だ”と思うことにです」


「慣れたくはない」

「でも慣れています」


 否定できなかった。


 神殿地下の管理層。

 守護獣の暫定復旧。

 水の擬似生命の隔離処理。

 どれも異常だ。だが、やっていることの本質はあまり変わらない。


 雑に運用され、引き継ぎもなく、権限も壊れ、誰も全体像を知らない古いシステム。

 そういう地獄なら、俺は前の世界で嫌というほど見てきた。


「準備するぞ」

「北の谷へ?」

「ああ。青鍵の本体を探す」

「再構成派より先に」

「それもある」


 俺は青い破片を布で包み、懐に入れた。


「でも一番の理由は別だ」

「何ですか」


 俺は赤黒く汚れた用水路を見下ろした。


「水系が落ちたら、村どころか周辺全部が死ぬ。インフラ障害は、放置すると被害が横に広がる」


 セレナは少しだけ目を細め、それから小さく頷いた。


「あなたの言葉は相変わらず冷たいですが」

「事実だからな」

「ですが、見捨てる気がないことはわかりました」


 それは褒め言葉じゃない。

 たぶん確認だ。


 その時、足元の守護狼が北の方角へ顔を向け、短く唸った。

 風が吹く。白樺の林が遠くで揺れる。


 視界の中央に、新しい通知が浮かんだ。


next target updated

northern valley water shrine

objective:


secure blue key


inspect water node access path


prevent reconstruction interference


「……次の現場が決まったな」


 北の谷。

 放置された水守りの祠。

 壊れた青鍵。

 そして、先回りしているかもしれない再構成派。


 面倒な条件は十分すぎるほど揃っていた。


 俺は泥のついた手を軽く振り、村の外れに続く道を見た。


「異世界まで来て、今度は水回りの保守かよ」


 だが愚痴を言っても、障害は待ってくれない。


 朝日はもう高くなり始めていた。

 猶予十八時間。その針は、すでに動き出している。

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