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社畜SE、異世界で“世界のバグ”を修正する ~スキルログ閲覧とパッチ適用で最強のシステム管理者になりました~  作者: 村人E


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3/7

神殿の障害対応は、だいたい深夜に起きる

丘へ続く石段を、俺は全力で駆け上がっていた。


 肺が痛い。足が重い。

 過労と睡眠不足の状態異常が治っていないのか、体が妙に鈍い。


 だが視界の中央では、無情な数字が減り続けている。


00:03:41

00:03:40

00:03:39


「真壁! 待ってください!」


 後ろからセレナの声が飛ぶ。

 白い法衣の裾を押さえながら、彼女も必死に石段を上っていた。


「説明を! いったい何が起きるというのです!」


「まだ断定はできない!」


「さっきからそればかりです!」


「現場を見てないのに断定する奴は三流だ!」


「……っ!」


 食ってかかってきたセレナが、一瞬だけ言葉を失った。

 そのまま黙ってついてくるあたり、感情だけで動くタイプではない。


 丘の上に建つ神殿は、村から見たときよりも古びて見えた。

 白い石の壁はところどころひび割れ、入口の柱には風化した紋章が刻まれている。月明かりの下では神聖というより、長く放置された施設に近い。


 俺の視界に、またウィンドウが開く。


対象施設:ローカル神殿ノード 07

稼働状態:不安定

保守状況:長期未更新

備考:旧式モジュール多数


「……やっぱりそういう感じか」


「何か見えているのですね」


「見えてる。しかも最悪な単語ばっかりだ」


 神殿の正面扉は分厚い石造りだった。中央には青い光を帯びた円形の紋章が埋め込まれている。


「開けます」


 セレナが紋章に手を当てると、淡い光が走った。

 だが次の瞬間、火花のようなものが散り、彼女が短く息を呑んだ。


「くっ……!」


「どうした」


「拒絶、されました……そんなはず……!」


 視界の右端にログが流れる。


access denied

user: Serena

role: shrine_priest

reason: ownership conflict / permission mismatch


 俺は眉をひそめた。


「権限競合だ」

「ごん、げん……?」


「お前、鍵を持ってる正規担当者。だが今、この神殿の一部は別の権限に掴まれてる」

「そんなことが……」


「ある。現に扉が開かない」


 カウントダウンがまた減る。


00:02:51


「時間がない。もう一度やれ。今度はゆっくりだ」


「ゆっくり?」


「認証の流れを見たい」


 セレナは怪訝な顔をしながらも、再び紋章に手を当てた。

 すると、俺の視界には今度こそ認証プロセスが見えた。


authentication request...

verified: Serena / shrine_priest

loading local permissions...

error: local owner not found

fallback route...

conflict detected with external process


「ローカルオーナー不在……?」


 管理者がいないか、死んでるか、剥奪されてるか。

 そして外部プロセスが割り込んでいる。


 ろくでもない。


「セレナ、扉の所有者は誰だ」

「所有者……? 神殿は風の女神のものです」

「概念じゃない。管理責任者だ」

「神殿長は三年前に亡くなりました」

「引き継ぎは?」

「私が日々の祈りと儀式を預かっています」

「正式な権限移譲は?」

「……聞いていません」


 終わっている。


 引き継ぎなしで運用。担当者死亡。正式権限不在。旧式モジュール放置。

 ブラック環境のお手本みたいな構成だ。


「真壁?」


「なるほどな。誰もオーナー権限を継いでない。だから神殿が半分、野良システム化してる」


「意味がわかりません」

「大丈夫だ。俺も説明してて嫌になってきた」


 俺は扉の紋章に手をかざした。

 当然、石の感触しかない。だが視界の中では操作パネルが開く。


提案:管理補助者による暫定接続

条件:正規担当者の同席承認

実行しますか?


 思わず笑いそうになった。


「二要素認証かよ」


「何ですか?」

「セレナ。お前が承認者になれ」

「承認……?」

「お前が正規担当者、俺が暫定管理。二人で繋ぐ」


 彼女は一瞬ためらった。


「……あなたを、信用しろと?」

「したくないならいい。その場合、四十秒後に何かが出る」


 セレナは唇を引き結び、紋章に再び手を当てた。


「やります。指示を」


「そのまま離すな」


 俺も扉に触れる。

 視界に確認画面が浮かぶ。


temporary co-authentication established

user1: Serena

user2: Makabe Koichi

permission route generated

open emergency access?

[YES / NO]


「YES」


 重い音を立てて、石の扉が内側へ開いた。


 同時に、冷たい風が吹き出してきた。

 神殿の中は真っ暗で、空気が妙に重い。


 そして視界いっぱいに、赤い警告が弾けた。


EMERGENCY

unauthorized summon process active

stage: manifestation

remaining: 00:00:28


「遅い! 走るぞ!」


 俺はセレナを置いて、神殿の奥へ駆け込んだ。


      ◇


 内部は静まり返っていた。

 左右に並ぶ石柱。正面には祭壇。壁に吊るされたランプはすでに半分以上が消えている。


 だが、祭壇の奥――床に描かれた巨大な魔法陣だけが、不気味な赤黒い光を放っていた。


「……何だ、これ」


 魔法陣の線はところどころ歪み、何かを上書きしたように別の紋様が絡みついている。

 まるで長年改修を繰り返したソースコードだ。元の設計思想が死んでいる。


 セレナが息を呑む。


「召喚陣……? そんな、神殿にこんな術式は……」


 俺の視界に詳細ログが流れた。


process name: guardian_summon

original purpose: shrine defense daemon

current state: corrupted

injected code detected

risk: hostile entity manifestation


「守護召喚の暴走か」


「守護……?」

「本来は神殿を守る仕組みだったんだろ。だが中身が書き換えられてる」


 その瞬間、魔法陣の中心が膨れ上がった。


 どろり、と。


 液体の闇が盛り上がるように、赤黒い塊が立ち上がる。四足の獣に似ていた。狼のような骨格。だが輪郭が定まらず、体の一部はノイズみたいに揺れている。

 目だけが異様に明るい青だった。


 セレナが杖を構える。


「下がってください!」


「待て!」


 彼女の杖から風の刃が放たれ、獣の肩を切り裂いた。

 だが傷口から血は出ず、代わりに赤い文字列のような光が散った。


error recovered

auto-repair routine active


 獣の肩が即座に再生する。


「何……!?」


「やめろ! それ、回復トリガーになってる!」


 俺は叫んだが遅い。

 獣が床を蹴り、セレナへ飛びかかった。


「っ!」


 彼女は咄嗟に防壁を張る。透明な風の膜が展開され、獣の爪が激突した。

 衝撃で石床にひびが走る。


 重い。

 物理的な質量もある。完全な幻ではない。


 俺は反射的にメニューを開いた。


対象:corrupted guardian

レベル:18

状態:召喚不全 / 権限逸脱 / 再生中

推奨対応:


コア停止


召喚元遮断


強制削除(権限不足)


「強制削除できないのかよ!」


 セレナの防壁が軋む。


「真壁! 何か方法は!」

「探してる!」


 俺は高速でログを追った。


source: shrine_node_07 / altar_core

power route: underground line

recovery flag: ON

owner permission: null

emergency maintenance command available

condition: ritual operator + system admin


「……また連携必須か」


 獣が防壁を砕いた。

 セレナが吹き飛ばされ、祭壇の階段に背中を打ちつける。


「がっ……!」


「セレナ!」


 獣が低く唸り、今度は俺に向き直った。

 正直、勝てる気はしない。俺の職業欄は未だに“社畜SE”だ。戦士ではない。


 だが、相手がシステム由来のバグなら話は別だ。


 俺は叫んだ。


「セレナ! あいつじゃなくて祭壇だ! 祭壇のコアに触れろ!」


「は……?」


「召喚元を止める! お前が術式担当、俺が保守担当だ!」

「何を言っているのか半分もわかりません!」

「十分だ、残り半分で動け!」


 獣が突進してくる。

 俺は転がるように横へ逃げた。爪が石床を抉り、破片が頬をかすめる。


 痛い。だが死んでいない。


「祭壇の中央だ! 青い石があるだろ!」

「……あれですか!」


 セレナがよろめきながら立ち上がり、祭壇へ走る。

 獣は俺を狙っている。好都合だ。


「ほら来い、バグ狼!」


 もちろん来てほしくはないが、来る。全力で来る。


 牙が迫る。

 俺は寸前で柱の陰に滑り込み、激突させた。柱が揺れ、獣の輪郭が一瞬だけ乱れる。


manifestation instability detected


「そこだ……!」


 祭壇に辿り着いたセレナが、中央の青い宝石に手を置いた。

 その瞬間、俺の視界に新しい操作画面が開く。


emergency maintenance mode available

operator: Serena

admin assist: Makabe Koichi

select command:

・safe shutdown

・rollback

・rebind guardian

・factory reset(危険)


「セーフシャットダウン……いや、再起動後に再汚染される。ロールバックか?」


 だがどの時点まで戻る。保証がない。

 リバインドは今の権限状況では危険。

 ファクトリーリセットは論外。


 ログをさらに追う。


last stable version: guardian_daemon v2.3

corruption started after patch history missing

note: backup fragment available


「バックアップ断片があるのか……!」


 獣が再び飛びかかる。

 俺は反射的に近くの燭台を蹴り倒した。火が散り、獣の顔面に当たる。ダメージにはならないが、わずかに視界を乱した。


「真壁! 早く!」

「今やってる!」


 俺は選択肢を叩いた。


rollback to backup fragment v2.3?

warning: partial restore

side effects may occur

[YES / NO]


「YES!」


 祭壇の青い宝石から光が走った。

 神殿全体に青白い線が張り巡らされ、赤黒い魔法陣を飲み込んでいく。


 獣が苦しげに吠えた。


rollback in progress... 23%

41%

67%


「効いてる……!」


 だが同時に、別の警告が浮かぶ。


recovery flag remains ON

corruption may resume after 60 seconds


「クソ、再生フラグが残ってる!」


「ならどうすれば!」

「パッチ当てるしかない!」


 獣の輪郭が大きく崩れた。

 今ならいける。


 俺は対象を再選択する。


対象:guardian_daemon v2.3(fragment)

適用可能パッチ:stability_patch 0.9a

実行者権限を確認中……


 少しだけ待たされる。

 長い。こういう時の処理待ちは永遠に感じる。


暫定管理者権限により承認

[APPLY]


「通れ!」


 指を振り下ろした。


 青い光が獣の全身を貫く。

 赤黒いノイズが一気に剥がれ落ち、巨大だった体が縮んでいく。


 床に残ったのは、ぼんやり透ける半透明の狼だった。

 さっきまでの禍々しさは消え、青い瞳だけが静かに光っている。


「……終わった、のか?」


 セレナが呟く。


 視界に結果が表示された。


緊急対応 完了

・召喚暴走:停止

・守護機能:暫定復旧

・神殿ノード:不安定のまま

追加対応が必要です


 俺はその場にへたり込んだ。


「暫定復旧だ。根治じゃない」


 半透明の狼は俺とセレナを交互に見たあと、静かに祭壇の脇へ座った。

 敵意は消えているらしい。


 セレナが信じられないものを見るような顔で、俺を見下ろす。


「あなたは……本当に何者なのですか」

「だから言っただろ。社内SEだ」

「その“しゃないえすいー”は、神殿の守護獣まで修理するのですか」

「修理って言うな。保守対応だ」


 言い返したつもりだったが、声に力が入らない。

 疲労が一気に押し寄せてきた。


 その時だった。


 祭壇の奥で、ゴゴ……と鈍い音が鳴った。


「何だ?」


 青い宝石の光が変化し、背後の壁に細い線が走る。

 石壁が左右に開き、その奥に地下へ続く階段が現れた。


「隠し部屋……?」


 セレナが息を呑む。


「こんな場所、聞いたことがありません」


 視界のウィンドウが、自動で更新された。


maintenance route unlocked

access to lower management layer granted

caution: root log fragment detected


「管理レイヤー……?」


 もう、神殿というより完全に設備だ。


 俺は立ち上がり、地下へ続く暗い階段を見つめた。

 さっきの獣は前座にすぎない。そう直感できた。


「セレナ」

「はい」

「本番はこれからだ」


「……でしょうね」


 彼女の声には、さっきまでの敵意が少しだけ薄れていた。

 代わりにあるのは、不安と、覚悟だ。


 俺たちは祭壇の奥へ進む。

 その一歩ごとに、視界には新しい警告が増えていく。


root authority fragmented

central management unreachable

foreign administrator trace detected


 最後の一行で、俺は足を止めた。


「……外国製ベンダーじゃあるまいし」


「何かありましたか?」

「最悪の可能性が増えた」


「どんな?」


 俺は地下の闇を見ながら答えた。


「この世界を触ってる“管理者”が、俺たち以外にもいる」


 その瞬間、階段の下から、かすかに人の笑い声が聞こえた気がした。

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