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社畜SE、異世界で“世界のバグ”を修正する ~スキルログ閲覧とパッチ適用で最強のシステム管理者になりました~  作者: 村人E


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1/6

障害対応、異世界にて

 午前二時四十三分。


 社内チャットの通知音が、三度続けて鳴った。


『基幹システム応答なし』

『受注処理が止まってます』

『朝までに復旧できますか?』


 できるわけがない。


 そう思いながら、俺――真壁まかべ 恒一こういちは、冷え切ったサーバールームの床を蹴った。

 ネクタイはとっくに緩めている。ワイシャツの脇は汗で湿っていたが、室内は機械の排熱のくせに妙に寒い。


「真壁さん、これ、またDB死んでます?」


 後輩の宮下が半泣きでモニターを見ていた。


「死んでるっていうか、殺されてるな。夜間バッチの設計が終わってる」


「設計したの部長ですけど……」


「知ってる。だから誰も直せない」


 ディスプレイには赤いエラーが並んでいる。接続タイムアウト、ロック競合、ジョブ異常終了。いつもの光景だ。

 ブラック企業の社内SEにとって、“障害”は事件ではない。日常だ。


 俺は端末を叩きながら、冷めた缶コーヒーをひと口飲む。


「手順書は?」


「最新版がなくて……去年のPDFなら」


「去年の時点でも古かったやつだな」


「はい……」


「だろうな」


 ため息が出る。

 予算はない。人もいない。だが止まれば怒られる。社内SEなんて、誰にも感謝されず、全部が自己責任の便利屋だ。


 サーバーラックのランプが不規則に点滅した。


 嫌な予感がした。


「……宮下、UPS確認したか?」


「え?」


「停電じゃなくても瞬断はある。ログ見ろ。いや待て、こっちか」


 俺はラックの裏へ回り込み、配線の束をかき分けた。

 古い延長ケーブル。無理やり増設された電源タップ。熱を持った機器。

 現場猫案件の見本市だ。


 その時だった。


 ――バチッ。


 青白い火花が視界を裂いた。


「うわっ――!」


 手のひらから腕へ、焼けるような衝撃が走る。

 心臓を鷲掴みにされたような痛み。

 膝が崩れ、床に倒れ込む。


 遠くで宮下が何か叫んでいた。けれど、音は水の底から聞こえるみたいに濁っていく。


 モニターの光が、暗く、長く伸びる。


 最後に見えたのは――見慣れた障害ログのような、白い文字列だった。


SYSTEM FATAL ERROR

権限不整合を検出

緊急退避プロセスを開始します


「……は?」


 それが、俺の人生で最後に見た会社の画面だった。


      ◇


 目を開けると、空があった。


 青い。

 意味がわからないくらい、青い。


 天井ではない。蛍光灯でもない。コンクリートでもない。

 本物の空だ。


「……夢か?」


 体を起こすと、草の匂いがした。

 目の前には石畳の道。遠くに木造の家。牛みたいな角の生えた動物がのんびりと草を食んでいる。


 中世ヨーロッパ風。

 ファンタジーゲームみたいな村。


「いやいやいや」


 立ち上がった瞬間、視界の端に半透明のウィンドウが開いた。


起動完了

管理補助インターフェースを読み込みました

接続先:アーカディア基盤世界

権限:System Administrator(暫定)


「……は?」


 ウィンドウは消えない。

 指で触れると反応した。ウィンドウの角を掴むような感覚すらある。


 試しにスワイプすると、新しい表示が展開される。


メニュー

・ステータス閲覧

・ログ参照

・例外処理

・パッチ適用

・権限編集(制限中)


 嫌な汗が出た。


「なんだこれ……ゲーム画面? いや、HUD?」


 俺は混乱しながら、自分のステータスを開いた。


名前:真壁 恒一

種族:人間

職業:社畜SE

レベル:1

HP:32/40

MP:3/3

状態異常:過労/睡眠不足/軽度感電

固有権能:監査眼、ログ閲覧、不具合修正、暫定管理者権限


「職業、社畜SEってなんだよ……!」


 思わず叫ぶと、近くの茂みがガサリと鳴った。


 小さな女の子が飛び出してくる。七、八歳くらいだろうか。麦わら色の髪を振り乱し、泣きそうな顔でこちらへ走ってきた。


「た、たすけて! お兄ちゃんが、急に動かなくなっちゃって!」


「は?」


「村の広場で、さっきまで元気だったのに、急に倒れて……!」


 説明はぐちゃぐちゃだったが、切迫しているのはわかった。

 俺は反射的に走り出す。会社で障害連絡を受けた時と同じだ。事情が曖昧でも、とにかく現場を見なければ何も始まらない。


 広場には人だかりができていた。


 その中心で、十歳くらいの少年が地面に倒れている。呼吸は浅い。顔色が悪い。周囲の大人たちはおろおろするばかりで、誰も手を出せていない。


「どいてくれ!」


 俺が膝をつくと、村人たちが怪訝そうに道を開けた。


「誰だ、あんた」


「医者か?」


「違う、SEだ」


「えすいー?」


「気にするな」


 自分でも何を言っているかわからなかった。

 とにかく、少年の様子を確認する。


 その瞬間、視界に自動で別ウィンドウが開く。


個体情報を検出

Name:リノ

年齢:9

状態:昏睡

原因:スキル競合エラー

詳細:

 ・固有スキル「火起こし Lv1」

 ・外部付与スキル「風の祝福 Lv2」

 ・属性整合性エラー発生

 ・精神負荷が閾値を超過

対処候補:

 1. 競合スキル停止

 2. 安全パッチ適用

 3. 強制再起動(危険)


 俺は固まった。


「……マジかよ」


 病気じゃない。怪我でもない。

 これは、障害だ。

 しかも見慣れた種類のやつだ。相性の悪い機能を雑に積み増しして、どこかで破綻する――現場あるあるの最悪版。


 俺はログを開いた。


error: skill_conflict_exception

module: blessing_manager

target: lino

message: fire_attr and wind_attr caused unstable amplification

recommended_action: apply patch_1.02b


「パッチまであるのかよ……」


 村人たちがざわつく。


「何かわかったのか?」


「呪いか?」


「神官を呼べ!」


「いや、待て」


 俺は深く息を吸った。

 会社なら、ここで責任の所在だの承認フローだのが挟まる。だが、この子は今まさに落ちている。保守窓口もベンダーもいない。


 やるしかない。


 俺は半透明のウィンドウに指を伸ばし、項目を選択した。


安全パッチ patch_1.02b を適用しますか?

対象:リノ

実行権限を確認中……

暫定管理者権限により承認

[YES / NO]


「……YES」


 光の文字列が少年の体に流れ込む。

 空気が一瞬だけ震えた。

 次の瞬間、少年の胸が大きく上下し、苦しそうに咳き込んだ。


「げほっ……! あ、れ……?」


「リノ!」


 女の子が泣きながら兄に抱きつく。

 村人たちも一斉に歓声を上げた。


「目を覚ましたぞ!」


「奇跡だ!」


「神官でもないのに……!」


 だが俺は、喜ぶ余裕がなかった。


 パッチ適用完了の表示の裏で、別の赤いログが勝手に開いたからだ。


WARNING

基盤世界において重大な整合性異常を検出

局所修正では対応不能

現在の世界エラーレート:37.2%

原因候補:管理者権限の分裂

推奨:コアルートログへアクセス


「……世界エラーレート?」


 意味が重い。


 少年一人の不調じゃない。

 村の問題ですらない。


 この世界そのものが、どこかで壊れている。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 女の子の声で我に返る。

 見れば、村人たちはすっかり俺を救世主扱いしていた。


「すごい……本当に治した」


「旅の賢者様か?」


「いや、違う」


 俺は乾いた笑いを漏らした。


 賢者なんて立派なものじゃない。

 俺はただ、前の世界で雑に使い潰されていた社内SEだ。

 人がやりたがらない障害対応を、誰よりも押しつけられてきただけの男。


 だが――


 もしこの世界が、本当に“システム”として壊れているのなら。


 そして俺にだけ、それを見て直す力があるのなら。


「……まるで、常駐先が異世界になっただけじゃねえか」


 その時、視界の中央に、今までで一番大きなウィンドウが展開された。


緊急通知

World Kernel に未承認アクセスを検出

管理者候補を1名選定しました

該当者:真壁 恒一

次フェーズを開始します


 空が、わずかに軋んだ。


 まるで見えない天井に、ひびが入るように。


 俺はその光景を見上げて、確信した。


 この異世界、運営が終わっている。


 そしてなぜか、その障害対応を任されたのは――俺だった。

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