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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

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浜の真砂は尽きるとも、世に悪の華は尽きまじ

作者: 蛍茶屋タキ
掲載日:2026/02/13

普通の社畜乙女ゲームプレイヤーが、無限に続くループに狂って悪役令嬢に狂気的な愛を捧げる百合です。

メリーバッドエンド・殺害シーンあり。救いはありません。

苦手な方はブラウザバックを推奨します。



「これ……リリー、だよね?」


 鏡を覗き込みながらも、すべすべな頬に白い手で触れる。

 そこに映り込んでいたのは、淡いハニーブロンドのふわふわとした髪。

 スミレ色の大きな瞳がぱちくりと瞬きをし、桜色の唇がふんわりと優しい表情を描いている。

 見間違えるはずがない。これは正真正銘、サスペンス系乙女ゲーム「Re.in:carnaition」の主人公、リリー・ヴァイオレット本人だ。



「Re.in:carnaition」(リ・イン:カーネーション)の世界には、魔法が存在している。

 しかし舞台となるアンスリウム王国では使用が禁止されており、使用した疑いのある者は魔女裁判にかけられ、容赦なく処刑されてしまうのだ。

 主人公であるリリーの母もこの魔女裁判にかけられ、物語が始まる数年前に死亡している。

 

 シナリオの流れとしてはこうだ。

 主人公、リリーは母の死を経験したことから、魔法を禁止するアンスリウム王国そのものに疑問を抱くようになる。

 そうして王族や貴族が通う王立貴族学院に入学を決め、このバカげた制度を辞めさせるための改革を企てるのだ。


 無論、国逆ともとれる思想の持ち主であるリリーは、何度も命を狙われる。

 それをカバーするのが、リリーが序盤で使用する魔法、死に戻りの誓約だ。

 これは誓約として……ゲーム上では「生きて魔女裁判を無くすまで」という条件を設定し、それをクリアするまで何度でもその時間軸に舞い戻る……。所謂セーブ&リセットによるループ能力である。


 リリーはこれを駆使しながら黒幕である女王、アビゲイル・L・アンスリュームが差し向ける刺客を躱し、攻略対象との愛を育む。そうして最終的に魔女裁判を廃止し、魔法の自由化を得るのがこのゲームの主な目的である。


「そっか……私、死んじゃったのね。まあ元々そんないい人生でもなかったからあんまり未練もないけど……」


 ベッドに身を投げ出し、リリーとして目覚める直前の記憶を辿っていく。

 確かブラック飲食店に勤務していて、24連勤したあとお風呂に浸かっていたはず。

 お風呂から出た記憶がないということは、たぶんそこで死んでしまったのだろう。

 海外にも輸入されたという日本のお家芸、過労死というやつだ。


「毒親育ちだしブラック企業に就職しちゃったしお金もなかったし……。唯一の趣味といえば乙女ゲーとトリップ系夢小説を読み漁るくらい。……我ながら詰んでたなぁ」


 思い残すことがあるとすれば、このゲームのDLCが出る前に死んでしまったことくらいだろうか。

 それくらい、前世の人生はひどいものであった。


 いささかドライすぎる捉え方な気もしないが、現在の私はリリーと融合状態にある。

 リリーとしての人生や感情を持っている中に、遠い昔のことのように前世の記憶があると言えばわかりやすいだろうか。

 知らない人の人生をまとめたアルバムを読む感覚で、有体に言えば他人事のようなのだ。


「そうかぁ~……。ってちょっと待って!ここがあのゲームの世界でわたしが主人公なら、エンディングも行動次第で変わるってこと!?」


 がばりと起き上がり、一目散に机へと向かう。

 まずは状況の整理だ。

 リリーがいつも使っていたノートに手を伸ばすと、そこには現在の王国の状況、自分の置かれた立場、王立貴族学院の主要な生徒などが丁寧にまとめられていた。


 リリー・ヴァイオレットという主人公は、まさに不屈の乙女としか言いようのない芯のある女性だ。

 どんな時でも諦めず、冷静に状況を判断し、一度誰かを愛せばひたむきに心を捧げる……。プレイしたゲーム内容によれば「鋼鉄の淑女」というあだ名をつけられるだけあって、私はずっとリリーの人間性に憧れを抱いていた。

 何度殺されようがただ一つの希望を胸に前を向き、歩き続けるのをやめない姿にどれほど励まされたことか。もう思い出せないくらいだ。


「Re.in:carnaitionは75周くらいして完全コンプしたし、シナリオもほぼそらで覚えてるけど……。せっかくトリップしたんだし、ゲームじゃ絶対できない結末を目指してみようかな?」


 ゲームでは絶対にできない結末。そう考えて思い浮かぶのは、あのキャラクターしかいない。

 ローズマリー・フォーガー。所謂悪役令嬢的なキャラで、序盤から何度もリリーを妨害する存在だ。

 しかしシナリオが進むにつれプレイヤーは一つの疑問を抱くようになる。

 ローズマリーはリリーを邪魔しているように見えて、その実何度も窮地を救ってくれているのではないか?ということだ。

 そうしてプレイヤーの疑念が確信に変わる頃になると、ローズマリーはあっけなく処刑されてしまうのだ。


 彼女の死後読めるようになる日記には、ローズマリーとリリーは実は幼馴染であったという衝撃の事実が記されている。

 女王アビゲイルにとって何か不都合なものを見たらしいリリーは、彼女の手によって記憶を消去されてしまっていた。

 その結果ローズマリーと親交のあった五歳以前の記憶が全て消えてしまい、そうした事情を一方的に知った彼女は陰ながらリリーを支えてくれていたのだ。

 最終的にローズマリーの残した手記などによってアビゲイルを退ける事に成功し、リリーは魔女裁判を無くすことに成功するのだが……。


「メインストーリーの流れがこうである以上、トゥルーエンドで全ての攻略対象を救うことはできてもローズマリーの死を止める事だけはできなかった……。でも、シナリオに縛られないこの世界なら……!」


 ノートをぱたんと閉じ、本棚の奥に隠した秘術の書を手に取る。

 これから始めるのは誓約の儀。ゲーム序盤で行う、セーブ&リセットによるループ能力を得る魔術儀式だ。


「我は誓う。我は見る。肉色の花弁を持って大地に捧げる」


 花瓶に飾られた真っ赤なカーネーションを魔法陣にちりばめ、魔力の籠った聖水を振りかける。


「リリー・ヴァイオレットは、ローズマリー・フォーガーを救うまで、幾度でもこの時を繰り返す!」


 カッと魔法陣が光り輝き、手首の内側に紋章が刻まれる。

 これこそがループ能力を手に入れた証。他の誰にも見られぬよう、レースのカフスをつけてしっかりと隠す。


「待っててね、マリー。私、絶対に貴女を救うから」


 そうして前世で願っても得られなかった、最高の恋人と最高の友人、そして華々しい未来の待つ輝かしい人生を手に入れるのだ。



 一週目はゲームのシナリオ通りに進めて、ローズマリーの救済を試みた。

 が、結果は失敗。公式に正史扱いである王子ルートに進んで処刑を回避しようとしたが、他の攻略対象である暗殺者キャラに殺されて終わってしまった。


「これがRe.in:carnaitonの難しいところよね……」


 このゲームは死に戻りの設定がある以上、シナリオの分岐がえげつないことになっている。

 攻略対象によってバッドエンドが変わり、ルートに入っていない攻略対象キャラの好感度によっても変わる。


 例えば王子ルートに進めば暗殺者キャラが主な死亡要因になるし、その逆も然りだ。

 全五人の攻略対象の全員に死亡差分があり、全員に殺されるエンドがあるのがこのゲームの売りの一つでもある。


「それだけにトゥルーエンドの難易度が激ヤバ鬼畜地獄レベルだったんだけど……。ふふん、馬鹿みたい

な連勤の合間を縫って完全攻略した私を舐めないでよね。針の隙間を縫うような緻密な好感度調整、見せてあげるわ!」


 ノートをバッと開き、トゥルーエンドまでのロードマップを書き記す。


 まずはこの国の王子であるローダンセ、彼は生まれ持った読心の魔法について深い悩みを抱えている。国民は魔法を禁止され、使えば処刑されると言うのに、彼自身は魔法を使ってもなんのお咎めもないのだ。

 本当ならば使ってはいけないのに、他人への恐怖心から使うのを止められない……。そんな二律背反こそが、彼を苦しめるものの正体だ。

 それを解消してさえやれば、ハッピーエンドは難しくない部類だ。


 次は暗殺者のデンファレ、彼は砂漠の国コーンフラワーの出身で、元は王族であった。しかし数年前のアンスリウム王国との戦争に敗れ、王権は失墜。国力が弱り自衛もままならぬ祖国を守るため、暗殺者としてアビゲイルに良いように扱われている。

 これも対処は簡単だ。アビゲイルを打ち倒し、実権を握り、祖国の救済を確約する。それだけでいい。


 三人目の攻略対象であるトレニアは少しばかり厄介で、彼は王立貴族学院の図書館司書を務めている。しかし真の姿は大魔法使いグロリオサであり、魔女裁判で大切な人を失い心を病んで殻に閉じこもっている。

 時間をかけて付き合えば次第に心を開いてくれるので、根気勝負だ。


 四人目の攻略対象は王子の友人であるフェンネル。公爵の長子である彼はある意味ローダンセよりも国を憂いており、アビゲイルの暴政に心を痛めている。

 リリーの目的を知れば簡単に協力してくれるかと思えば、そう簡単にはいかないのがこのゲームの怖い所。

 ローダンセを想うあまり神経質になっている彼はこちらを徹底的に疑ってくる。王子ルートの死亡原因はほぼほぼフェンネルだ。

 なのであけっぴろげに目的を話すのではなく、じわじわと外堀を埋めるようにして信頼を勝ち得るのが正攻法だ。


 最後の攻略対象は隣国の王子であるエビネ。アンスリウム王国とは表面上友好条約を結んではいるものの、関係は悪化の一途を辿っている。

 その原因もまた女王アビゲイルで、隣国とアンスリウムの間にある魔力の流れを牛耳ってしまっているのだ。

 とはいえエビネ自身は争いを望んでおらず、衝突の回避とアビゲイルの失権を狙っている。

 ただし、隣国の文化的タブーに触れると容赦なく殺されるので注意が必要だ。


「しっかしこうやって書き出してみると……よく全部頭に叩き込んだわね、私」


 よく見なくてもわかる人物造形の複雑さだ。

 一周にかかる時間は平均三、四時間。これを七十五周したので総プレイ時間は三百時間ほどだろうか。

 それだけ長く夢中になれるほど魅力的なのだが、にしたって何かに憑りつかれていたかのようなのめり込みっぷりである。


「まさしく転生すべくして転生したって感じね……。とりあえず今回はトゥルーエンドに入ることにして……。マリーとの交流も深めないと。休む時間ないわね~」


 けれども自分には24連勤を耐え忍ぶ忍耐力がある。その上リリーの身体は若く、魔法薬を使えば体力だって回復し放題だ。(これをプレイヤー間ではヤク漬け戦法と言う)


「よーし、レッツゴー!」


 期待も新たに、自室を出る。

 これから先に待ち受ける地獄の日々も知らずに。



 結論から言えば二週目も失敗した。

 トゥルーエンドルートに入り、ローズマリーの処刑の危機も救った。

 万全の準備を整え、いざ女王アビゲイルを討ち果たさんと乗り込もうとしたその瞬間──。


「ロー……ダン、セ?何で、マリーが倒れてるの……?」


 ローダンセの剣が、ローズマリーの胸を深々と貫いたのだ。


「リリー……?ぼ、僕は……。なぜ……。わ、わから、な」


「ローダンセ!?ま、まさか……。アビゲイルの魔術を受けていたのか!?」


 フェンネルがローダンセに駆け寄り、魔法で武具を取り払う。するとそこにはアビゲイルの魔術の印が刻まれていた。


「この刻印の古さからすると……どうやら一年ほど前に入れられたもののようですね。だが本当に恐ろしいのは、ここまで誰にも魔術の存在を気取らせなかった隠匿の技術!女王アビゲイルの魔法技術がこんなにも高いとは……にわかに信じられませんな」


 トレニアが大魔法使いの瞳になって戦慄混じりにつぶやく。

 リリーは……私は、もう立っていられなかった。

 こんなの、75周の中のどこにもない。


「リリー!」


 エビネが叫ぶのが聞こえる。倒れ込んだ私を咄嗟に抱き込んだのはデンファレで、気付け代わりにとスパイスの入った酒の小瓶を取り出して飲ませてくれた。

 ローダンセはトレニアの手によって刻印を除去され、一度その場に寝かされているようだった。


 失敗だ。もう一度、やり直さなきゃ。


「リリー……?」


 傍らに跪いたエビネが訝し気に問いかける。

 けれどもそれに応える間もなく、私はカフスをめくりあげて紋章にキスをした。

 戻れ、戻れ、時間よ。

 あの子が生きている時間に。今一度。



 三回目の挑戦も、失敗だった。

 今度はローダンセの身体を徹底的に検査し、魔法の類を全て除去してアビゲイルに挑んだ。

 しかし、全員に一瞬の隙が産まれたその時、デンファレの短刀がローズマリーの頸動脈を掻き切った。

 

 四回目の挑戦も、失敗だった。

 ローダンセのみならず全員の身体検査をし、無論私自身やローズマリーの身体も隅から隅までくまなく検分したのだ。

 けれども狂った民衆が突如押し寄せたかと思うと、ローズマリーのやわらかな肢体をぐちゃぐちゃに踏みつぶしてしまった。


 五回目の挑戦も失敗だった。

 今度は最初からマリーに全てを話し、私の元で徹底的に身柄を保護した上でトゥルーエンドを目指したのだ。

 しかし、五人のうち四人に約束を取り付け、最後にエビネの元へ向かったその晩。

 ローズマリーは食事に毒を混入され、息を引き取った。


 六回目の挑戦も失敗だった。

 今度は誰にも知られぬようローズマリーを誘拐し、地下に閉じ込めてかくまった。

 監禁生活中彼女が病まないよう細心の注意を払っていたが、私たちが地下でお話をしている間に火をつけられて諸共焼死した。


 七回目の挑戦も失敗だった。

 ローズマリーの身体に守護の魔法をかけ、何物にも傷つけられぬよう対策を取った。

 魔法の気配をさとられぬよう隠匿の技術も磨き、実際に一度は彼女の命を助けることが出来た。


 けれども、私が出払っている隙に彼女は攫われ、同じように監禁されている私の命を助けたくば自殺しろと脅されて自ら命を絶った。


 八回目の挑戦も失敗だった。

 守護の魔法をかけ、何があろうとも傍らから離さず側に置き続けた。

 しかし、王都で共に買い物に興じている際、突如地面が割れて強大な魔力で形作られた龍が私達を襲った。

 守護の魔法もそのほかの魔法も歯が立たず、あっけなく私たちは呑み込まれた。


 九回目の挑戦も失敗だった。

 この世界が出来た際生まれた高純度の魔力結晶、オリハルコンを集め、ローズマリーを封じ込めておく絶対無敵のクリスタルを作った。

 アビゲイルを打ち倒して彼女の元に戻ると、魔力結晶に身体が耐えきれなかったのかローズマリーはドロドロに溶け落ちていた。


 十回目の挑戦も失敗だった。

 いつものようにローズマリーを連れて行こうとした瞬間、攻略対象の五人が私達をよってたかって殴りつけ、痛めつけ、ぼろ雑巾のようにして殺した。



十一回目の挑戦も失敗だった。


十二回目の挑戦も失敗だった。


十三回目の挑戦も失敗だった。


十四回目の挑戦も失敗だった。


十五回目の挑戦も失敗だった。


十六回目の挑戦も失敗だった。


十七回目の挑戦も失敗だった。


十八回目の挑戦も失敗だった。


十九回目の挑戦も失敗だった。


二十回目の挑戦も失敗だった。


失敗だった。


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失敗だった。






 14700回目の挑戦も失敗だった。


 世界に私と、彼女だけになるまで戦いつくした。

 なにももう残っていなかった。お互いだけ。

 赤黒く染まった大地の中でも、ローズマリーは美しかった。

 癖が強い赤毛も、薄いグリーンの瞳も、本人は少し気にしているそばかすも、クリーム色の肌も、全部全部、好きだった。心の底から。


 でも、ローズマリーは笑ってくれなかった。


 どうして?


 考えている間に彼女は視界から消えた。

 すべてが破壊しつくされて出来上がった、奈落の底に自らを投げうって。



 何で?



 ローズマリーの命が。彼女の命だけが、いつだって指先からすり抜けていく。

 幾度となく繰り返す中で、ふと正気に返ったように彼女を助けない道を選んだことがあった。

 彼女を諦めた世界は、ゲームで何度もクリアしたトゥルーエンドと同じ。

 寸分違わぬ、イレギュラーなんて一切起きない。描かれた通りのシナリオが展開していた。


 でも、でも、でもでもでもでもでもでもでもでも。

 わたしは、もう、後には引けない。

 死に戻りの誓約で誓ったからだ。「リリー・ヴァイオレットは、ローズマリー・フォーガーを救うまで、幾度でもこの時を繰り返す!」と。


 終わらない。終わらせられない。何があっても。ローズマリーを助け出さない限り。

 私はどうすればいいの?どうすれば彼女を救えるの?

 何をやっても何をやっても何をやっても何をやっても………………。


「リリー、大丈夫?」

 

 はっとなって顔を上げる。14701回目のローズマリーが、心配そうにこちらを見ている。

 愛らしい丸い瞳の中に映る私は、顔面蒼白で如何にも憔悴しきっていた。


「ううん、大丈夫。何でもないのよ。……ただ、少しだけ疲れてしまって」


「そうなの?心配だわ……。何か私にできることがあればいいのだけど」


 ああ、愛しいマリー。そんなに悲しい顔をしないで。

 私、貴女の為ならいくらでも頑張れるのよ。きっとそうなの。

 何でこんなに頑張ってるのか、忘れてしまいそうなのだけど。たぶんきっと、私が貴女の事大好きだからなのね。


 だって小さい頃からずうっと一緒で、死んじゃった時もすごく凄く悲しかったの。

 ゲームを何周も何周もして、貴女を助けられるルートがないかって模索し続けたし、同じ気持ちの人の話を聞いて頷いたり。

 嫌だったし、諦めたくなかった。

 わたし、貴女が死んでしまう度涙が止まらなかった。

 痛いし苦しいの。貴女の事が大切で大切でたまらないからこそ、こんなに何回も何回も何回も何回も繰り返して…………。


「じゃあ、教えて?貴女はどうしたら、死なずに済むの?わたしとずうっと一緒にいてくれるの?」


 こどものような問いかけが、口から滑り落ちて行った。

 ローズマリーはきょとんとしてこちらを見ている。

 そうしてゆっくりと笑うと、そっと私の背に手を回して頭を撫でてくれた。


「リリー、リリー。そんなに怯えないで。とても怖い夢を見たのね」


 優しい声色。お母さんにどこか似ている。

 やっぱりあなたに悪役令嬢なんて似合わない。全然ダメダメだった。へたっぴだった。

 何も知らない私にすら本性がバレてしまうくらい。ローズマリーには悪人の才能がない。


「でもね、リリー。人はいつか死んでしまうの。永遠に生きることは、どんなに素晴らしい魔法使いでも叶わない。それは覆せない世の理だから」


 なんでこんなにも優しい声で、そんなにひどいことを言うんだろう。

 それがどうしたって嫌なのに。


「大丈夫。私が例え死んでしまっても、いつだって魂は貴女の傍にいるわ」


 違う、違う。わたしはそんな、慰めが聞きたかったわけじゃないの。

 貴女と生きて過ごすための、たった一つのやり方を知りたいだけなの。

 優しいマリー。愚かなマリー。わたしだけの薔薇の聖母。


 あ。


「……そうか、そうだったのね」


 ついに答えに辿り着いた。

 何かに気づいたようなわたしの態度を疑問に思ったのか、ローズマリーが不思議そうにこちらを見てくる。

 わたしはその愛らしい顔に微笑みを返して、細くやわらかな首を両手で締め上げた。


「……アッ!ガッ。……ぁっ!…………っ!!」


「ごめんね。すぐ済むから」


 ローズマリーの薔薇色の頬が真っ青に染まっていく。

 唇からは泡が漏れ出て、彼女の爪が私の両手をひっかいて跡を残した。

 数分もすると、ローズマリーはがくりとうなだれて何も言わなくなった。

 足元が暖かい。失禁した尿のつんとした香り。

 嫌じゃないな。


「汚れちゃったね。すぐに綺麗な服に変えるから。……ああ、あとお化粧も直さなくちゃ」


 物言わぬ肉塊と化したローズマリーを抱きかかえて、彼女が一番気に入っていたドレスと、化粧品を取りに向かった。

 あとで棺の中に収めて、丁寧に埋葬しなければ。無論、身体には防腐魔法をかける。


「死の運命が逃れられないなら、受けいれればよかったのね」


 ああ、本当にどうして、こんなにも簡単なことに気が付かなかったのだろう。


「だって、蘇らせればいいんだから!」


 魔法はね、何でもできるのよ。マリー。

 待っててね、私は必ず、貴女を救い出してみせるから。



 ローズマリーを殺し、アビゲイルを殺し、私はローダンセの后となり女王となった。


 ローダンセも証拠が残らぬよう殺し、色々とうるさいフェンネルも殺す。


 デンファレは故国に送り返し、二度とアンスリウムに入れぬよう国外追放に処した。


 エビネも同様だ。ただ彼は少々苛烈な所があるから、落石事故に見せかけて四肢をもぎ取っておいた。


 トレニアに関しては、トラウマを再発させる魔法をかけて丁寧に精神を壊した。もう二度と大魔法使いとしても、ただのトレニアとしても起き上がることはできないだろう。


 これでもう、私を邪魔するものは何もない。


 私は国費を投げうって、王宮に何人たりとも立ち入れぬ美しいテラスを作った。

 中には小さな森と花畑、小川が流れていて、愛らしい小屋もある。

 生活には何不自由しない空間を作り上げ、私はローズマリーを入れた棺を開いた。


 いつ見たって可愛らしい。わたしの大切な、祈りをこめた少女の骸。

 生命の息吹を吹き込むのは、とても簡単なことだ。無尽蔵の魔力さえあればいい。

 童話の中のお姫様は、キスで目覚めるのだから。そうすれば、いい。


 そうっとくちづけ、魔力を吹き込む。すると淡い緑の眼が見開いて、こちらを見て薄く微笑んだ。

 赤子のような、無垢な笑みだった。



 

「リリー、あれは何?」


「あれは鳥よ、マリー。空を飛ぶの」


「まあ素敵。私も飛べる?」


「貴女が望むなら、なんでも叶えられるわ」


 くすくすと笑い声が響く。心地良い日差しが二人を照らしていた。

 目覚めたローズマリーは、何も覚えてはいなかった。

 本当に生まれたてのまっさらな状態で、そんな彼女にわたしはひとつひとつ物事を教え込んでいった。


「私の名前、なんだったっけ」


「貴女はローズマリー。ローズマリー・フォーガー。もう、忘れっぽいんだから」


 ローズマリーは時折教えたことを忘れる。私は何度でも彼女に教えなおした。

 名前。あいさつ。食事の仕方。服の着替え方。お風呂の入り方。排泄の仕方。全部。


「リリー、眠いわ」


「ああ、待って。今魔力をあげるからね」


 わたしは何度でも彼女に口づける。

 ローズマリーの命を保たせるために必要な魔力は膨大だ。

 そのため少々強引にだが、隣国との間に流れる魔力をこちらに引き込み独占することにした。


 国の魔法使いも、片端から処刑することにした。

 だって、国全体を流れる魔力を使わなければとても立ち行かないんですもの。

 勝手に魔法を使う彼らは泥棒よ、泥棒。だから死んでもいいの。ね?


「この間」


「ん?この間、なに?」


「この間、誰かこっち見てたわ。誰?」


「さあ……。知らないわ。どこかの貴族の子どもじゃないかしら」


 マリーが過去のことを口にするのは珍しい。

 確か五日ほど前、愚かにもこのパレスを覗き込みにきた少女を捕まえて記憶を消した覚えがある。


「ねえ、リリー」


「なあに?マリー」


「貴女の名前は、なんだったかしら」


 マリーがそう問いかけるのに、しばし考える。

 そうして彼女はリリーという愛称ではなく、正式なフルネームを聞きたいのだと思い至った。


「私はリリー・ヴァイオレット。……ああ、でも今はアンスリウム王国の女王だから、アンスリューム姓とアビゲイルの名を継いでいるんだっけ」


 この国の女王は、代々襲名制だ。

 そのため女王となった者はアビゲイル・アンスリュームという名を名乗るようになり、元の名は間に省略して入れることになる。


「だから正式には、アビゲイル。アビゲイル・L・アンスリュームね」


 美しい箱庭の中で、少女と女性が笑いあう。

 かつて最悪な人生を歩み、非業の死を遂げた女性は……“リリー”は気づいていない。


 繰り返し続けた14701回の中で、死に戻りの魔術が膨れ上がり、時間軸を捻じ曲げてしまったということを。

 丸い、ローズマリーと百合の装飾が施された鏡には、壮年の女性が映り込んでいる。

 その姿はどう見ても、あの女王本人。アビゲイル・L・アンスリュームそのものであった。


 Re.in:carnaitionには、”彼女”が死んだ後に追加されたダウンロードコンテンツが存在していた。


 それは主人公リリーが悪役令嬢ローズマリーを救い出すためにループを繰り返し続けた結果、全ての元凶たるアビゲイル・L・アンスリュームになるという物語。


 ダウンロードコンテンツ 真エンド

『浜の真砂は尽きるとも、世に悪の華は尽きまじ』



 ああ、そう。“彼女”は永劫気づかないのだろうね。

 最初からずうっと間違えていたって言うことに。

 シナリオに縛られない世界なんかじゃなかった、っていうことに!



END




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