指名手配
重い。湿っているというより、澱んでいる。
鼻腔の奥に、血と腐葉土を混ぜたような匂いが残る。
六人は足を止めず、間隔を保ったまま進んだ。
視界の先で、何かが動いた。
人影ではない。
四足。体躯は猪ほど。皮膚は岩のように硬く、口元から不揃いな牙が覗いている。
狙撃手が一瞬、隊長を見る。
小さく、頷いた。
音は一発だけだった。
乾いた破裂音と同時に、魔物の脚が崩れる。
倒れたところへ突入役が入り、動きを完全に止める。
血が噴き、土に染み込む。
間を置かず、二体目。三体目。
どれも連携らしい動きはない。ただ、数が多い。
ただ、彼らにとってそれは問題にならなかった。
「なんですかね、ここの動物。日本と違って異常に好戦的だ。」
衛星隊が周囲を見回しながら呟く。
隊長は答えない。だが視線は、一定の規則性に気づいていた。
「おい、金城。この動物を見たことがあるか?」
隊長が質問を投げかけた。
「ないですね。この地域に来てから新しく発見された動物、植物併せて29種類。地球のすべてを人間が把握しているとは思わないですけど、ここまでとは…。」
最後の一体を処理した後、六人は死骸から距離を取った。
金城が、牙と爪を一瞥する。
「この牙、通常のイノシシのものの3倍はするぜ。
今までのものを全部拾ったら結構な額になるな。」
「イノシシの牙がそんなにするのか。用途が見えてこないんだが。」
「いや普通は、アクセサリーで1000円前後ですよ。
でもこの大きさはすごいレアだ。そういうのを集めるもの好きがいるんですよ。」
なるほど、と全員が理解する。
その瞬間、甲高い鳴き声が全員の耳を貫いた。
黒い影が、木から木へと乗り移る。
「なんだ…あれ。チンパンジー?」
金城が興奮気味に声を上げる。
「はっ、あんなでけぇの見たことあるか?これで30種類目だ。」
金城は陣形を保ちながらチンパンジーの群れに突っ込んでいく。
他の五人は、よく短刀だけで戦闘をこなせるものだと感心しながら後援に回る。
金城は一瞬で一匹の背後を取り、首を切断した…
ように思われたが致命傷は追わせられていない。
「もうガタが来たのか。佐藤、お前はライフルあれば十分だろ。短刀よこせ。」
金城が、巨大チンパンジーの攻撃をかわしながら佐藤に近ずく。
「そうはいかない。持ってる48でどうにかするんだな。」
「俺の刃が通らねぇんだぞ。48でいけるわけねぇだろうが。」
彬は、普通は逆だろと思いながら淡々と猿を打ち落としていく。
「総員、いったん引くぞっ!。」
隊長の言葉と同時に6人がばらばらの方角に逃げだした。
しばらくして、隊長が巨大な水たまりの前に姿を現した。
そこには既にほかの5人が集結している。
「どうやったら奴らを攻略できますかね。他のルートをたどりますか?」
「それは論外だな。こういうのは相手に勝てるって思わせたらだめだ。
野営をしているときにまた襲ってくるぞ。」
「そもそも、脅威は奴らだけなのか?他の痕跡を見るに1週間以内に200人前後の人間がこの森に滞在している。道具を持つやつらはもっと危険だ。」
全員の意見を聞き終えた後、隊長が口を開いた。
「たしかに、我らはフィジカル面ではあのサルには及ばない。玉にも限界がある。しかし、ここは金城の案を採用する。そして人間の文化圏に入り込むぞ。まあそれも、ここが元居る世界ならの話だがな。」
「隊長、またそれですか。」
彬は、あきれたようにため息をつく。
「いや、あながち100%ノーとはいえねぇぜ、現に2m以上のサルに追われてここに逃げてきたんだからよぉ。」
「確かに、…そろそろですかね。」
森の影から石の塊が飛んでくる。
即座に六人は戦闘態勢に入った。
佐藤が投石が得意な奴の頭打ち落とし、金城が大きい奴の関節をつぶす。
後藤は彼らを援護しながら常に退路を確保する。
そして、隊長、彬、広瀬が弱体化したものの心臓を打ち抜く。
結果は火を見るより明らかだった。
戦争において30%の戦力を損耗されることは全滅と定義されるが、
サルの数は最初の3分の2以下になっていた。
彼らも勝てないと踏んだのかリーダー格の奴の掛け声に合わせて颯爽と森の中に消えていく。
「ここまで苦戦したのは、ソ連軍との戦闘以来ですかね。」
後藤がつぶやく。
「それより手ごわいさ。あん時奴らは完全に殲滅状態だったからな。」
そのまま、六人は足跡をたどりながら森を歩いた。
そしてついに人間の文化圏と思われる場所に到着した。
人の往来。木造と石造りが混ざった建物。
――街だ。
高い柵を飛び越え、街道の方へ歩いていく。
しばらくして、隊員全員が驚愕した。
「これで、隊長の説が立証されるな。」
街にいるのはほとんど動物の頭をした人間?だったのだ。
全員があっけにとられている瞬間、四人の人間に足止めをされた。
正確には、人間の姿をした者たちだ。
耳や角の有無はまちまちだが、服装は揃っている。
革鎧に短槍、腰には縄。背中には大剣を背負っている者もいる。
統制された配置。
街の入口。
通行を遮る立ち位置。
治安維持部隊――そう判断するのに時間は要らなかった。
先頭の男が一歩前に出る。
胸当てに刻まれた紋章を指で叩き、次に六人を指差す。
早口の言葉が投げつけられた。
意味は分からない。
だが語調は、命令だった。
「……検問か」
広瀬が低く言う。
隊長は小さく頷き、両手を軽く上げた。敵意がないことを示す、最低限の動作。
治安兵の視線が、六人の装備に集まる。
黒い布。金属の留め具。形状の分からない道具。
武器として認識されているかどうかは分からないが、異様なのは確かだった。
その時、兵隊の一人が金城の胸ポケットを指さして騒ぎ立てた。
「なんで持ってきてんだよ。」
彬が苛立ちながら金城を睨みつける。
入っていたのは、巨大猿の爪だった。
「珍しかったもんで。」
兵隊長らしき男の口調がだんだんと荒々しくなっていく。
隊長は一歩、後ろへ下がった。
従う意思は示すが、距離は保つ。
その判断が――決定打になった。
治安兵の空気が変わる。
兵隊たちが殺気を漏らした瞬間、
「っ。」
金城が大きく踏み込み、兵隊長の懐に飛び込んだ。
手首を抑え、角度を変える。
関節が外れる鈍い音。悲鳴。
他の兵隊が戦闘態勢に入った瞬間、佐藤が治安兵の一人の肩を撃ち抜いた。
致命ではない。腕が使えなくなる角度だけを選んだ一発。
混乱が連鎖する。
槍が振るわれ、金城がそれを弾く。
彬が背後から一人を組み伏せ、首筋を圧迫する。
数秒で意識が落ちた。
「ɣenḓ-ɣenḓ-ʔra-ʔra-ẕḳ-ḽāṋuχ-」
(魔力探知が作動しない…?)
治安兵の一人が、震える声で呟く。
最後に残った治安兵が後退る。
合図と同時に、仲間を引きずりながら路地へ消えた。
数秒の沈黙。
「すまん。」
隊長が呟いた。
「俺には彬の睨みが一番効いたように見えましたけどね。」
「一番の原因はお前だろうが。」
隊長は街の奥を一瞥し、短く言った。
「散る。表には出るな。合流地点は変えない」
六人は、何事もなかったかのように街に溶け込んだ。
その夜、掲示板に紙が貼られる。
rk-ʂāṭ-ɣen-ṭuχ-ṭuχ
(管理区域における不審者。)
ɣenḓ-ɣenḓ-ʔra-ʔra-ẕḳ-ḽāṋuχ
(魔力反応なし。)
rūnḓ-χrūnḓ-ḽāṋuχ-ẕḳ-ẕ
(治安部隊と衝突。)
-no-n
(罪状)
n-un-ʂēḓ-ʔḽēχ-ẕḳ
(国有財産侵害罪)
ḓ-ʂēḓ-ʔḽēχ-no-no-no-ɣaṭ-ɣa
(治安維持行為妨害罪)
ɣen-χrūnḓ-χrūnḓ-ḽ
(よって上記の者たちを)
uχ-ʔeṭaḽ-ẕḳ-ẕḳ-ɣaṭ-ɣaṭ-ṭuχ-ṭu
(国際指名手配犯とする。)




