表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界カフェの探偵学 ~時間凍結の中で動けない犯人を、コーヒー一杯で論破する方法~  作者: 月祢美コウタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

名前のないブレンド

警察がグレアムを連れていった後、カフェ・ムーンライトには再び静寂が戻っていた。


特別な魔法も、騒ぎもない。ただ、夜の店内に、古時計の音だけが響いている。 連行される彼の背中は、どこか小さく見えた。 そこに、犯行を誇るような色はなく、かといって自らを弁明する言葉もありませんでした。


動機は、金銭でも、地位でもない。 それでも、彼は一線を越えた。 主への歪んだ忠誠心と、独占欲。その果てに、彼の心は壊れていたのかもしれません。もっと無様に、哀しいほどに。


「……終わりましたね」 「ええ、終わったわ」


カウンターの奥で、陽菜は丁寧にカップを洗っていた。 洗い流されていくのは、事件の余韻だ。 まだ手の震えは完全に止まっていない。けれど、胸の中には不思議な達成感があった。


私は、守れたのだ。 この店を。そして、これからも続いていく時間を。


「それにしても」 陽菜は、ふきあげたカップを棚に戻しながら、窓際の席に目を向けた。 「本当に、すごい推理力でした。ヒナリアさんがいなければ、私はきっと気づけなかった」


銀髪の女性は、いつもの席で、いつものように琥珀色の液体を揺らしている。 唐辛子と抹茶、そしてほんの少しの蜂蜜。 陽菜には理解できない、奇妙なレシピ。


ヒナリアはふふ、と柔らかく笑った。 「私は何もしていないわ。  観察していただけ。あなたがどう考え、どう動き、どう答えにたどり着くかを」


「でも、ヒントをたくさん……」 「ヒントなんてない。  それは全部、あなたの中にもともとあったものよ」


ヒナリアはカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。 銀色の髪が、店内の照明を受けてきらめく。


「そろそろ、行くわね」 「えっ、もうですか?」 「ええ。十分楽しませてもらったから」


彼女はカウンターに歩み寄り、代金のコインを置いた。 そして、陽菜の顔をまっすぐに見つめる。 その瞳の色は、陽菜が鏡の中で見る色と、よく似ていた。 ただ、そこには陽菜がまだ知らない“深み”と、長い時間を旅してきた者だけが持つ“静けさ”があった。


「陽菜」 名前を呼ばれ、陽菜は背筋を伸ばした。 「あなたの淹れるコーヒーは、世界で一番美味しいわ」


「え……ありがとうございます。でも、そんな」 「本当よ。  だって、そこには**“始まりの味”**がするから」


ヒナリアは懐中時計を懐にしまうと、満足そうに目を細めた。 「迷うことはないわ。  あなたは、あなたが思うよりもずっと賢く、強い。  ……今のままで、大丈夫」


それは、ただの客の言葉とは思えないほど、温かく、確信に満ちていた。 まるで、未来の結果を知っているかのような。


「あの、また……来ていただけますか?」 陽菜の問いに、彼女は扉に手をかけたまま振り返る。


「ええ。  あなたがここでコーヒーを淹れ続ける限り、私はいつでもここにいる」


カラン、コロン。 ベルの音を残して、銀髪の女性は夜の街へと消えた。


陽菜はしばらくの間、閉ざされた扉を見つめていた。 不思議な人だった。 初めて会ったはずなのに、なぜか懐かしい。 彼女の言葉一つ一つが、ストンと胸の奥に収まる感覚。


ふと、陽菜はカウンターに残されたカップを見た。 飲み干された、奇妙なブレンドの跡。


「……唐辛子と、抹茶」


陽菜は魔が差したように、自分用のカップを取り出した。 彼女の真似をして、同じ材料を入れ、お湯を注ぐ。 立ち昇る湯気は、少し刺激的で、ちぐはぐな香りがした。


一口、含んでみる。 「……んぐ」 やっぱり、変な味だ。辛くて、苦くて、甘ったるい。 顔をしかめながら、陽菜は苦笑した。


「やっぱり、私にはまだ早いのかな」


でも。 飲み込んだ後に残る余韻は、悪くなかった。 いつか、もっと大人になって、もっと色々な時間を過ごしたら。 この複雑な味が、美味しく感じる日が来るのかもしれない。


「……いらっしゃいませ」 不意に、自分の声が店内に響く。 それは未来の客へ向けた予行演習。


陽菜は顔を上げる。 窓ガラスに映る自分の姿が、一瞬だけ、あの銀髪の女性と重なって見えた気がした。


カフェ・ムーンライト。 そこは、不思議な噂のある店。 過去と未来が交差し、美味しいコーヒーの香りが漂う場所。


陽菜は今日も、カウンターに立つ。 いつか訪れる“私”に、最高の一杯を出すために。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ