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異世界カフェの探偵学 ~時間凍結の中で動けない犯人を、コーヒー一杯で論破する方法~  作者: 月祢美コウタ


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3/6

動けなかった者

伯爵の死から二日が過ぎた。


カフェ・ムーンライトは、表向きにはいつも通りの静けさを取り戻している。

客足は少し減ったが、噂話で店が潰れるほどではない。

この店で起きた異世界絡みの出来事は、人間界では曖昧に処理される。


だから、日常は続く。


だが、陽菜の中では、まだ時間が止まったままだった。


「……やっぱり、おかしいんです」


夜更け。

最後の客を見送ったあと、陽菜はカウンターの内側で口を開いた。


向かいの席にはヒナリアがいる。

いつものようにカップを手に取り、黙って続きを待っていた。


「何がかしら」


「私たちの推理です」


陽菜は、カウンターに置かれた空のカップを指先で回す。


「時間凍結の中で動ける犯人がいた。

最初は、それが一番自然だと思いました」


「ええ」


「でも……もし本当に動けたなら」


陽菜は顔を上げないまま、続けた。


「現場は、あまりにも不完全です」


ヒナリアの視線が、わずかに動く。


「不完全?」


「伯爵は刺されています。

でも、椅子は倒れていない。

争った形跡もない」


一拍置く。


「それに、コーヒーも飲んでいない」


短い沈黙が落ちた。


「もし犯人が時間凍結中に自由に動けたなら、

もっと安全で、確実な方法を選べたはずです」


陽菜はゆっくりと言葉を重ねる。


「毒を飲ませる。

遺体の向きを整える。

事故や急病に見せかける」


「でも、どれもしていない。

あの現場は、途中で手を止めたように見えました」


「つまり」


ヒナリアが、静かに促す。


「犯人は、できなかった」


陽菜は頷いた。


「動けなかったんです。

時間凍結の中で、何もしていない」


店内の空気が、少しだけ張りつめる。


「だから、あの中途半端な現場が残った」


ヒナリアは、黙って続きを待っている。


「では、あの影は?」


「……あれも、動いた痕跡じゃありません」


陽菜は、個室の壁を思い出す。


肩幅が曖昧で、輪郭が細く、どこか鋭かった影。


「影は、光が遮られれば生まれます。

遮っている物体は、動かなくてもいい」


自分の足元に落ちる影を見下ろす。


「凍結中に見えた影は、

最初からそこに置かれていた“何か”が作ったものです」


ヒナリアの指が、懐中時計の縁をなぞった。


「時間が止まる前から?」


「はい」


陽菜は、はっきりと答えた。


「時間が止まる前から、

あの位置に、あの形の物が置かれていた」


冷蔵庫の低い駆動音が、店内に響く。


「だから、私たちは錯覚した」


陽菜は続ける。


「止まった時間の中で、

動かない影を見ただけなのに」


少し息を吸う。


「動いたように、見えてしまった」


ヒナリアの目が、わずかに和らいだ。


「犯人は、時間凍結を使って何かをしたんじゃない」


陽菜の声は落ち着いている。


「仕掛けが正しい位置にあるかを、

安全に確認しただけです」


「では、刺し傷は?」


「時間が動いている時につけられたものです」


陽菜は即答した。


「ただし、その時点では致命傷じゃなかった」


ヒナリアの視線が鋭くなる。


「条件が揃った瞬間に、完成する傷」


「座る位置。

姿勢。

距離と角度」


陽菜は一つずつ言葉にする。


「深く腰を下ろし、

胸が自然に前に出る位置」


一拍置く。


「そこに来た時だけ、成立する仕掛けです」


店内が静まり返る。


「……準備の時間が、あったのね」


「ええ」


陽菜は小さく息を吐いた。


「犯人は直接手を下していない。

でも、殺す順序だけは、最初から組み立てていた」


そして、結論に辿り着く。


「だから、この事件は」


陽菜は顔を上げた。


「時間魔法の事件じゃない。

時間魔法を利用した、ただの殺人です」


ヒナリアは、ゆっくりとカップを置いた。


陶器が、静かに音を立てる。


「……誤った推理は、ここまでね」


陽菜は、静かに頷いた。


だが、本当の問題は残っている。


誰が、仕掛けを置いたのか。

どうやって、その席に座らせたのか。

そして、なぜ。


カフェ・ムーンライトの夜は、

ようやく本当の犯人に近づき始めていた。

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