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異世界カフェの探偵学 ~時間凍結の中で動けない犯人を、コーヒー一杯で論破する方法~  作者: 月祢美コウタ


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カフェムーンライト

路地裏に、その店はある。


昼でも夜でもない、街灯の光が届くかどうかの境目。

古い煉瓦壁に寄り添うように建つ、小さなカフェ――

「ムーンライト」。


扉を開けると、まずコーヒーの香りが鼻をくすぐる。

深く、少し苦くて、どこか懐かしい香りだ。


「いらっしゃいませ」


カウンターの内側で、陽菜ひなは微笑んだ。

この店の店主であり、バリスタであり、

――そして、この場所を守る人間でもある。


ムーンライトは、少しだけ変わった店だ。


ここには時折、

“異世界の客”が訪れる。


より正確に言えば、

異世界の住人や物品が、人間界で“認識できる”数少ない場所。

それが、このカフェだった。


だから、銀髪の女性が窓際に座っていても、

誰も不思議には思わない。


「ヒナリアさん。いつものブレンドで、よろしいですか?」


陽菜の声に、女性はゆっくりと顔を上げた。

月光を溶かしたような銀色の髪。

静かな紫紺の瞳。


「ええ。それでお願い」


彼女――ヒナリアは、常連客だった。


いつも同じ席に座り、

いつも同じ時間に訪れ、

そして、誰よりもこの店の“特別さ”を理解している。


陽菜は、彼女が何者なのかを詳しく知らない。

ただひとつ分かっているのは――

彼女が、時間というものを、まるで手のひらで転がすように扱う、

ということだけだった。


陽菜は、手慣れた動きでドリッパーに湯を注ぐ。


「今日は、少し落ち着いた味にしてあります。

……あ、でも」


ヒナリアが、わずかに眉をひそめる。


「“実験”じゃないでしょうね?」


「違いますよ。たぶん」


カップがカウンターに置かれる。

琥珀色の液体から、ほんのりと刺激的な香りが立ちのぼった。


「……唐辛子と、抹茶?」


「刺激的で和風、がテーマです」


「舌が麻痺するわ」


ため息混じりの言葉に、店内から小さな笑い声が起きる。

ムーンライトでは、こうした光景は日常だった。


その時――

扉のベルが、静かに鳴った。


「失礼する」


入ってきたのは、身なりの整った男だった。

異世界の貴族――伯爵。


その表情は、どこか切迫している。


「個室を、頼みたい」


陽菜は一瞬だけ男を見て、すぐに頷いた。


「こちらへどうぞ」


案内された個室で、伯爵は椅子に腰を下ろすなり、

低い声で切り出した。


「私は……命を狙われている」


彼の語る話は、荒唐無稽に聞こえるかもしれない。

秘宝。

異世界の刺客。

そして、奇妙な時間の歪み。


「毎朝、同じ時間に目が覚める。

同じ出来事が、何度も繰り返されている気がするんだ」


ヒナリアが、静かに言った。


「時間魔法ね。

ただし……随分と雑な使い方だわ」


伯爵の顔色が、さらに青くなる。


「ここなら、安心できると思った。

この店は……特別だと聞いたから」


一拍置いて、彼は小さく付け加えた。


「……娘には、知らせないでくれ」


陽菜は何も言わず、コーヒーを差し出した。





その夜、

伯爵はそのカップに、一口も口をつけなかった。


そして――

翌朝。


開店準備のために個室を開けた陽菜は、

床に倒れている伯爵を見つけた。


胸には、深い刺し傷。

争った形跡はない。

椅子は倒れておらず、

カップも、出されたままの位置にあった。


部屋には、時間魔法の痕跡だけが、薄く残っている。


ヒナリアは懐中時計を取り出し、静かに告げた。


「時間を凍結させるわ」


淡い光とともに、世界が止まる。

音も、影も、すべてが静止した空間。


――だが。


「……おかしい」


凍りついた部屋を見渡し、陽菜は呟いた。


「犯人は、時間が止まっている間……

何もしていない」


誰も動けないはずの、止まった時間。

それでも、殺人は起きている。


魔法がある世界で、

あえて論理を必要とする、矛盾だらけの死。


カフェ・ムーンライトの夜は、

静かに、しかし確実に――

謎の香りを帯び始めていた。

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