第4話 曽祖父
本作は第48回小説推理新人賞に投稿した広義のミステリ作品です。
「ひいじいちゃんは、どんな人だったの?」
康太はたこ焼きの入ったレジ袋を開いて、上からのぞき込みながら、僕に聞いた。
「ひいじいちゃんか。そうやな、ホラばっかり吹いている、変わったじいさんだったな。」
「え、そんな変な人なん?」
僕は、康太の驚いた顔を見ながら、死んだじいさんのことを思い出していた。
幼い時に関わっていたから、じいさんの人格像の全ては分からないが、いわゆる典型的な孫思いの祖父ではなかった。
「そうだなぁ。じいさんの人柄がよくわかるエピソードとしては、スイカの話があるな。」
僕は、そう言いながら家の鍵を開けた。
「スイカの話?」
「そうや。昔、家でスイカをみんなで食べるとき、じいさんはすごい勢いでスイカを食べんねん。」
「うん、それで?」
ドアを開けると、玄関に妻の靴があった。最近は仕事が忙しくて帰りが遅くなることが多いが、今日は早かったようだ。
それと同時に、家の中から、ほのかにカレーの香りが漂う。
「ただいま。」
僕らが少し大きな声で声をかけると、
「おかえり。2人とも手洗い、うがいをしてや。」
と、それ以上に大きい声が台所から返ってきた。
僕らは洗面所に向かい、康太は手を洗いながら鏡越しに、さっきの話の続きを始めた。
「スイカの話やねんけど、ひいじいちゃんは、スイカが好きやったの?」
「せや。スイカ、ごっつ好きやったわ。でも、じいさんが変なのは、そこじゃないねん。」
「どういうこと?」
「みんなでスイカを食べてると、じいさんがボケたふりをして、父ちゃんのスイカまで食べようとしてくんねん。」
「え? お父さん、その時、子供じゃないの?」
「子供やで。」
「そしたら、普通、じいちゃんは孫にスイカを譲ったりするもんじゃないの?」
康太はタオルで手を拭きながら聞いてきた。僕は入れ替わりに手を洗いながら答えた。
「普通せやろ。でも、じいさんは違ってん。ボケたふりをして、必ずお父さんの分を食べようとするから、お父さんが『普通、孫に譲るやろ!』って怒ると、何て言ったと思う?」
「何て言ったの?」
「『食べとらん、食べとらん』って言って、人のスイカに手を出すねん。で、あんまり腹が立ったから、『ぼけたふりすんな!』って怒ったら、『こっちはラバウルで米軍の機銃掃射をかい潜っとんじゃあ!!』って逆ギレしてくるねん。」
康太は目を丸くして、洗面所で手を振って水を切る僕を眺めて言った。
「孫のスイカを取ることと、戦争の経験と、どう関係するの?」
「関係ないで。勢いだけ。」
「そ、それは、変なじいさんやな。」
「あと、酒を飲んで酔っ払うと、自分のことを名前で呼んでたなぁ。『定蔵君』とか。」
「え? 何なんそれ? 大正生まれで僕っ娘なん?」
「知らん。ぼけとったんやろ。言ってることが、前後で微妙に噛み合わんこともあったしな。」
「そうなんや。あ、でも、その、ラバウルっていうの? そこで戦争に参加していたんやな。ラバウルってどの辺?」
僕はタオルで手を拭きながら、
「ラバウルは、南太平洋のパプアニューギニアの街な。戦争中は、日本軍の主要拠点があってん。それからな、康太。孫のスイカをとっておいて、勢いで乗り切ろうとするじいさんが言うことやで、どこまで信用できる? その話も怪しいもんやで。」
と言った。
「その、ラバウルっていうところで、戦っていなかったってこと?」
「どうやろなぁ。わからん。じいさんは戦争の話は一切してくれへんかったからな。けど、親父の話だと、じいさんは何か、松を掘ったり、育てたりしてたっていう話は聞いたけどなぁ。」
「松? なんで急に松なん?」
僕は、洗面所の扉を開けて、康太とともにリビングに向かう。そこには、妻が作ってくれたカレーとミニサラダが、既に食卓に並べられていた。
僕と康太は、妻に食事の準備のお礼を言って、それぞれ席についた。
「日本は油がなかったやろ。だから、松を育てて、その根っこから油をとって、飛行機を飛ばすとか、そういう発想があったって言ってたで。松根油とか言ってたかな?」
「マジか!? なんていうの、すごい家内制手工業感が半端ないけど。」
「まぁ、それぐらい行き詰まってたってことやろな。」
僕はカレーの真ん中にスプーンで小さな凹みを作り、中に生卵を落としながら言った。
「松を育てて根っこから油を取って、飛行機を飛ばして、アメリカをやっつけようって、手順、遠すぎへん?」
康太も僕と同じようにカレーに小さな凹みを作り、そこに生卵を落とした。
「あ、でもそれやったら、おかしない? その松は、ラバウルで育ててたん?」
「それな。ホラ吹きじじいの言うことだし、どこまで本当なのか。じいさんは大正8年生まれだから、戦争には行ってたと思うけど、多分ラバウルで松は育てんやろ。戦時中の日本と海外の松の育成状況は知らんけど。」
僕はカレーをぐるぐるかき混ぜながら、康太に答えた。
「そうなると、どっちかが嘘ってことやんね?」
「いや、あのじいさんのことだから、どっちもホラ吹いてるってのもあるで。」
「そうか、その可能性もあるか。」
康太はスプーンを手に持ったまま、天井を見上げ、妙に感心したようにうなずいていた。
「でも、それだったら、さっきのひいじいちゃんの軍歴を取り寄せてみれば、どっちが本当か、もしくはどっちも嘘か、はっきりするってやんね? 自由研究のテーマになるかはともかく、ちょっと面白くなってきたやん。」
康太はそう言うと、うれしそうな顔して、カレーライスを食べ始めた。




