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第11話(最終話) 僕に繋がる物語

本作は第48回小説推理新人賞に投稿した広義のミステリ小説です。

「その内容は、じいさんの日記の方に書いてあったわ。」

僕は一番大きい付箋を貼った日記のページを開いて、康太に手渡した。


「昭和20年7月31日 火曜日 曇天

井野班長の不正を確認するため、過日、木炭及び薪に目立たぬように印をつけた。

明らかに木炭と薪の量が合っていない。

おそらく闇市に流れているのだろう。

ただし、その量からして、井野班長以外にも関与している者がいる可能性がある。

告発が上手くいくかわからない。

証拠隠滅を防ぐため、この日記にも事と次第を記すことにする。」


一読した康太は顔を上げた。

「この闇市っていうのは、非合法のマーケットってこと?」

「そや、昭和20年頃には、様々なものが配給制になっていたんや。けど、当然、物資不足やから、非合法の市場で様々な物が売買されていたらしいで。」

「木炭や薪って、売れるん?」

「当時は、エネルギー不足やから、木炭や薪は闇市へ横流しされる最たるものやったらしいで。」

康太は日記を膝の上に開いたまま置き、右の拳でおでこを軽く叩きながら言った。

「整理するで。ひいじいちゃんは、名古屋から豊橋へ手伝いに行き、松根油の原料となる松を植えたり、松の根を掘ったりしていた。その過程で、そこにあった木炭や薪が、非合法のマーケットに横流しされていることに気がついた。」

僕は黙って、康太の話に耳を傾けた。

「そしてそれは、ひいじいちゃんよりかなり階級が上の井野班長が関わっていた。だから、その不正を告発するにしても、慎重さが求められた。」

「その流れで間違いないやろ。じいちゃんがそれを見つけたとして、内部からは告発しづらかったやろ。他にも仲間がいるみたいに書いてあるしな。」

「そうか、だから親友で外部の若宮くんに相談したんやな。」

「それにさっきの手紙な、井野班長の所属を正確に書いてあったやろ。あれ、検閲を逆手に取って、検閲機関に不正を告発することを期待した記載やろな。」

「なるほどな、若宮くん考えてんな。」

康太がそう言いながら膝立ちに立ち上がると、日記が康太の膝から落ちて、床に転がった。

そのとき、日記のカバーと裏表紙の間から、四つ折りに畳まれた紙が転げ落ちた。

「何やろ、これ?」

康太は紙を拾い上げて広げた。すると顔色を変えて、僕にすごい勢いで質問してきた。

「ひいじいちゃんの中指は? 中指はあった?」

僕は意味がわからず、きょとんとしていると、康太はじれったそうに、テーブルの上に、その紙を広げた。死体検案書だった。

「ここ! ここ見て!」

名前は山田定蔵だったが、康太が指差したのは備考欄だった。そこには一行

「右手中指欠損」

と記載されていた。

「中指は? ひいじいちゃんの中指は? あった? なかった?」

慌てる康太に、僕も動揺しながら答えた。自分の声が震えているのがわかる。

「あった。指は全部あった。じいさんの指は全部揃ってた。」

「じゃあ、じゃあさ、お父さんからスイカを取ったひいじいちゃんは、定蔵じゃなくない?」

「この死体検案書が誤記でなければ。」

「備考欄だけ間違えるなんて、そんなことは……。え? じゃあ、じゃあ、ひいじいちゃんは、やっぱり終戦の翌々日に死亡していたってこと?」

「違う。終戦の翌々日に死亡したのは、『山田定蔵』で、父ちゃんが接してきた、父ちゃんのじいさんで、お前のひいじいちゃんは、『山田定蔵を名乗る若宮貢』だ。」

「えぇ!? 混乱してきた。どういうことや?」

康太はかなり動揺している。

「簡単に言うと、俺たちは誰も『山田定蔵』に会ってない。」

「会ってない?」

「そうや。そうしたら、この中にあるはずや。」

僕はそう言うと、段ボールの中にある、まだ調査していない戸籍類の束を取り出した。そして、戸籍の束を手際良くめくっていき、じいさんの改製原戸籍謄本の身分事項欄に戸籍訂正の記載を見つけた。

「やっぱり訂正されてる。」

僕がそう言うと、康太は僕の肩を揺すり、

「何? どうしたん? 自分ばっかり納得してないで、説明してや」

とせっついた。

僕は今見つけた戸籍の該当箇所を康太に示した。

「ここ、読みづらいけど、『訂正ス』て書いてあるの読めるか?」

「うん、何とか。」

「これは裁判所の審判によって、戸籍の記載を訂正したっていうことやねん。つまり、戸籍訂正が入る前は、『山田定蔵』の死亡が戸籍に反映されててん。ほんで、後から、いや、生きてますよっていうことで、戸籍が修正されてん。」

僕の説明を受けて、康太もピンときたようだった。

「だから、平成12年の死亡届出が、すんなり戸籍に反映されたんや!」

僕は康太に向かってうなずいた。

「今ある点を繋いで見えるのは、こういうこと違うか?意図的か偶発的かわからないけれど、山田定蔵が上官の不正を告発し、『山田定蔵』は命を落とした。そして、その前後に終戦があり、混乱のうちに若宮貢は『山田定蔵』として戦後を生き抜き、それから約55年後に人生の幕を引いた。」

今ある物証からすると、そう理解せざるを得ないが、あまりのことに、僕も康太も茫然自失としていた。特に、康太よりも、実際に関わって時を過ごした僕の方が衝撃を受けて混乱していた。


「何でやろな?」

ようやく僕の口から出た言葉を聞いて、康太が顔を上げた。

「何で『若宮貢』は『山田定蔵』として生きることになったんやろか? 」

康太は、しばらく考えた後、祖父の日記をめくり始めた。


「昭和20年11月26日 月曜日 快晴

今日、ようやく和子さんに会うことができた。敗戦から3ヶ月、未だ定蔵くんは帰らない。

戸主不在のままでは、食糧配給や行政手続きにおいて不利になるし、社会的信用にも欠ける。

2人で話し合い、定蔵くんが戻るまでは、共に暮らし、必要な場合には、僕が戸主として振る舞うことにした。

和子さんは心配しているが、定蔵くんは外地に出征したわけではないし、幼子たちもいる。

除隊手続きや引き継ぎが遅れているだけだろう。

和子さんに心配無用の旨を伝えた。」


「昭和21年1月30日 水曜日 豪雨

定蔵くんの戦死通知書及び死亡証明書が配達される。死亡の経緯について調査・報告することを和子さんに約束した。」


「和子って誰? ひいばあちゃん?」

日記を閉じると、康太は静かに僕に聞いた。

僕は黙ってわずかにうなずき、僕が生まれる前に既に死去していることを伝えた。

「最初は、ただ一緒に帰りを待っていたんやね。」

康太は日記の上に手を置いて言った。

康太の言葉を受けて、僕が続ける。

「1947年までは戸主制度が生きていて、行政サービスや手続きは、全て戸主を単位としていたんや。あらゆる物が不足していた時期やから、少しでも不備があると、宙吊りで後回しにされる危険があったんやろう。」

今度は、康太が僕の言葉を引き継いだ。

「そしてその後、山田定蔵の死亡の経緯を探って、それが自分が告発を後押ししたからだと知った。」

また、僕は何も言わず、静かに首を縦に振った。

「何とか守ろうとしたんやろな。親友の家族を。そして、その死が自分の責任であることに、ずっと負い目を感じて生きていたんやな。」

僕はそう言ったが、半世紀以上、負い目を感じながら他人として生きることが、どういうことなのか、僕には想像もつかなかった。強い責任感を感じるとともに、当時は奇異に感じられたじいさんの行動も、無理からぬものだったのかもしれない。

「自分を許せなかったんやろな。」

僕はそう言って、康太から日記を受け取り、静かに閉じた。

すると康太はテーブルを見つめながら言った。

「責任を感じていたんだと思うけど、それだけじゃなくて、なくしたくなかったんじゃないのかな?」

「なくしたくない? 何を?」

僕が尋ねると、康太は僕を見つめた。

「最初は様々な便宜からそうしてた。けど、定蔵の死亡の理由を知って責任と共に、家族はどんどん死んで、自分は戦争に行って、不正を正そうとして命を落とした親友のことを、この世からなくしたくなかったんじゃないのかな。だから、そのまま引き継いだ。そんな気がする。」

僕は康太の言葉に、小さく何度も、うなずいた。

やがて、僕たちは2人で元あった通りに手紙や日記を段ボールの中に戻し、僕は大きく息をついた。

「今までの話、自由研究の原稿にまとめる?」

そう尋ねると、康太は段ボール箱の上に手を置いたまま、僕を見つめた。

「うん。あ、ううん。いや、いいや。まとめなくていい。」

僕が康太を見つめていると、康太は手のひらで段ボール箱をそっと撫でながら言った。

「若宮くんがひいじいちゃんとして戦後を生きたことは不思議な話だし、戦後の混乱期を示す例として自由研究にまとめて発表してもいいのかもしれない。でも、何かな、うまく言えないけど、この僕につながる物語は、僕が知っていればいいような気がする。だから、まとめなくていい。」

僕らは、すべての資料を戻したダンボールに封をし、定蔵くんと若宮くんの思い出を80年の記憶の海に、そっと還した。

思い出を静かに見送る康太の顔には、少年から大人へ、ほんの少しだけ成長しつつある微かな愁いがあった。



(おわり)

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