7章 交わらぬ視線の中で
雨が静かに降る夕方、町のカフェの窓に雫が流れる。
松田と佐藤は、Reframeの次の外部テストの準備に追われていた。机の上にはノートパソコン、タブレット、前回の展示会で得たフィードバックのメモが散らばっている。
「準備は大丈夫か?」佐藤が声をかける。
松田はうなずくが、眉をひそめながら返す。
「うん……でも、映像の一部はもう少し慎重に調整した方がいいかも」
佐藤の目が鋭くなる。
「本気で進める気あるのか?」
「進めたいけど、雑にすると母さんや利用者に失礼だ」
佐藤は苛立ちを隠せず、指を机に叩きつけた。
「俺は成功させたいんだ! 慎重すぎると、何も変わらない!」
「ただの成功のためだけなら俺はやらない!」
二人の間に鋭い沈黙が落ちる。雨音がカフェの窓を叩く音が、重く響いた。
その日のテストは町の図書館の小さな展示室で行われた。
佐藤は先に会場に入り、タブレットを準備し、来場者への説明も済ませていた。
松田は少し遅れて到着する。
「なんで勝手に設置してるんだ?」松田の声は冷たかった。
佐藤は肩をすくめ、少し笑って答える。
「待ってられないだろ。早く試すのが大事なんだ」
「でも、それじゃ俺の確認も無しに進めてるってことだろ!」
「いや、確認は後でもいいだろ。時間の無駄だ」
松田は拳を握りしめる。胸の奥に苛立ちと不安が混ざる。
「……これなら俺とやらなくて良かったんじゃないか、?」
佐藤は一瞬黙った後、低く言った。
「友情は関係ない。これは仕事だ」
その言葉が松田の心に小さな棘のように刺さる。
二人の間に目に見えない壁が立った。表面上は展示を進めていても、視線は交わらない。
展示が始まると、来場者たちはタブレットの映像を見て、小さな声を上げる。
「わぁ、懐かしい……」
「昔の風景を思い出す……」
松田は微笑むが、佐藤は眉をひそめ、音量や演出をすぐに操作し直す。
「やっぱり弱い……もっと刺激的にした方が印象に残る」
「でも、これで十分だろ……!」松田は声を少し荒げる。
さらに、子ども連れの母親が声をかけてきた。
「すごく懐かしい映像ね。うちの子にも見せたいわ」
松田は笑顔で丁寧に対応する。
「ありがとうございます。思い出の風景を大切にしながら作っています」
すると佐藤が横から口を挟む。
「でも、ちょっと刺激が足りなくないですか? もっと引き込む仕掛けを入れた方が」
母親は一瞬戸惑い、笑顔がぎこちなくなる。
「え……そうですか……?」
松田は苛立ちと怒りが混じる声で言う。
「やめろよ、佐藤! お客様の反応を勝手に否定するな!」
佐藤も顔をしかめる。
「いや、事業として考えたら必要なことだろ」
二人の小さな口論は来場者の前でも続き、互いの意見は完全にぶつかる。
松田は母や利用者の心に寄り添うことを優先し、佐藤は事業としての成果を優先する。
互いの価値観は交わらず、苛立ちは募るばかりだった。
展示後の後片付けでも沈黙が続く。
「次はどうする?」松田の声は低く、少し諦めが混じる。
「もっと大胆にやる。もう慎重すぎるお前に付き合ってられない」
松田は肩をすくめ、目を伏せる。
「……分かった。でも俺は母や利用者のために作る。そこは譲れない」
佐藤は少し黙った後、無言でうなずく。
二人は表面上、作業を続けるが、心の距離は明らかに広がった。
友情は壊れていないが、言葉の端や沈黙の間にはヒビが走る。
夜、展示室を後にし、雨は上がった町を歩く。濡れた舗道に街灯の光が反射する。
松田は心の奥で葛藤する。
「母のために作ることは正しい……でも、佐藤の言うことも一理ある」
佐藤も独り言のように呟く。
「慎重すぎる……でも、俺も少し考えすぎてるかもしれない」
互いに歩み寄ることはまだない。
それでも、二人は歩き続ける。
交わらぬ視線の間に、次の挑戦と小さな希望を抱え、未来へ向かう一歩を踏み出していた。




