6章 揺れる記憶の間で
町の小さなイベントスペースは、日曜の午後、ざわめきと笑い声が混ざり合い、柔らかな光に包まれていた。
松田と佐藤は、Reframeの初めての外部向けプレゼンを準備していた。机の上にはノートパソコン、タブレット、そして過去の写真を繋いだ試作映像が置かれ、壁には手書きの簡易ポスターが貼られている。
「……ここまで来たか」
松田は小さくつぶやき、ディスプレイの映像を確認した。母との思い出を映像化した、穏やかな三分間の試作。彼にとっては、母のために作った作品であり、人の心に優しさを届けることが最優先だった。
佐藤は肩を叩き、目を輝かせる。
「よし、まず近所の人に見せてみるぞ」
松田は小さくうなずいたが、胸の奥に不安がよぎる。
「でも……感情は抑え気味にしておこう。母のこともあるし、あくまで優しい演出で」
佐藤は眉をひそめ、少し苛立った口調で言った。
「それじゃ印象が弱すぎるだろ! 見せるなら、もっと引き込む演出をしなきゃ」
「でもこれは母のために作ったものだ」
「母もいいけど、俺たちは会社を作るんだろ? 外に出すならインパクトが必要だ」
二人の間に小さな冷たい空気が流れる。松田は目を伏せ、小さく息をつく。
「……慎重すぎるって言いたいんだろ」
佐藤は腕を組み、視線を逸らさずに返す。
「違う、チャンスを逃すのが怖いだけだ。お前が慎重すぎると、チャンスは消える」
松田の指先が机の上で微かに震える。
「……俺は、母や利用者の心を最優先にしたいだけだ」
「それだと会社としては弱すぎる!」
佐藤の声には、軽い苛立ちが滲んでいた。
初めての外部テストが始まる。町の人々が映像を見て、ささやく声や笑顔が返ってくる。
「懐かしい感じ……」
「泣きそう……」
松田はほっとしたが、佐藤は腕を組んだまま眉を寄せ、短く舌打ちする。
「……反応は悪くないけど、まだ物足りない。もっと心を揺さぶる演出が必要だ」
松田は微かに顔をしかめる。
「……十分、心には届いている」
「いや、まだ弱い! お前、本当にそれでいいと思ってるのか?」
その言葉に松田は思わず声を荒げる。
「俺は母のことを考えてるんだ! どうしてそれを理解してくれない!」
佐藤も目を見開き、手を広げる。
「理解はしてる! でも現実はそれだけじゃ駄目なんだ! もっと大胆にやれ!」
二人の声が小さな会場に響く。人々は一瞬、戸惑ったように映像から目を離す。
短い沈黙のあと、松田は深く息を吸い、視線を落とす。
「……わかった。妥協案を考える」
二人はしばらく黙って作業を続けた。松田は母を思い浮かべながら、慎重に映像を再編集する。
佐藤は事業の可能性を頭に浮かべ、演出や構成を大胆に直す。
二人の間には、言葉にできない小さな壁ができた。
協力して作業しているはずなのに、微妙な距離感が常に付きまとい、苛立ちや不満が交錯する。
夕方、作業を終えた二人。
「……両方のバージョンを作るしかないな」
「そうだな……妥協だけど」
夜、展示会場を後にした二人。街灯の下、影が長く伸びる。
友情は壊れていない。でも、言葉の端や沈黙の間に、わずかなヒビが残った。
互いの性格の違い、価値観のズレ、慎重さと衝動性――
揺れる記憶の間で、友情も試される。
静かに歩く二人の背中に、次の試練への予感が漂った。
互いに歩調を合わせつつも、心の奥ではまだ距離がある。
それでも、止まることは許されない――未来に向かうための、小さな一歩が刻まれていた。




