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Refream  作者: ria
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3章 昔の夢

休日の午後、母の部屋には淡い光が差し込んでいた。カーテン越しの風がゆるやかに揺れ、ベッドの脇の花瓶で小さなカスミソウが震えている。母は体を起こすのも少し辛そうだったが、それでもいつものように穏やかな笑顔を見せた。

「仕事は大丈夫なの?」「うん、今日は休みだよ」「そう、よかった。無理しないでね」

いつもと変わらない会話。でも、最近の母は少しずつ細くなっていく指先を見せながら、静かに時を受け入れているようだった。その姿を見るたび、僕の中で“何かをしなきゃ”という焦りと、“でも動けない”という現実がぶつかり合った。

机の上には、大学時代のノートがまだ残っている。ページの隅には、当時佐藤と書いた走り書きがあった。

『人の記憶を、形にできたら。』

ふと、その言葉を見て胸が熱くなった。あの頃の僕らは、本気でそんなことを語っていた。亡くなった人や、もう戻らない時間を「もう一度感じられる」ものを作ろうと。

「ねえ、これ見て」母がベッドの脇に置かれたアルバムを指さした。表紙には、少し色あせた海辺の写真が貼ってある。僕がまだ小学生の頃、母と二人で行った夏の旅行だ。

ページをめくると、僕が砂浜でバケツを抱え、母が笑っている写真があった。その笑顔を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

「この海、覚えてる?」「覚えてるよ。暑くて、アイスがすぐ溶けたやつだ」母はふっと笑い、「あなた、海が好きだったのよ」と呟いた。

その声が少し震えていた。僕は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。

その夜、母が眠ったあと。僕は古いノートパソコンを開き、机の上に積まれた写真を一枚ずつスキャンした。母と一緒に出かけた場所――海、花畑、遊園地。動画編集ソフトを開き、当時の記録をつなげるようにして、静かな音楽を重ねた。

完成したのは、たった三分の短い映像。でも、その中には確かに“あの頃の空気”があった。

翌朝。僕は母の枕元でノートパソコンを開き、映像を流した。画面の中で、若い母が笑いながら僕の手を引いている。母は目を細めて、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「……懐かしいね。あの時の風、覚えてる気がする」

そう言って、小さく笑った。その笑顔は、まるで映像の中の母と重なって見えた。

「これ、あなたが作ったの?」「うん。昔の写真から思い出して作ってみたんだ。……最近、佐藤と会ってさ。あいつ、まだ夢のこと覚えてて」「そうなの」

母は少し驚いたように僕を見つめ、やがて目を閉じた。「あなたも、本当はやりたいんでしょう? あの頃言ってた“記憶を形にする”っていう夢」

僕は答えられなかった。その沈黙の中で、母が静かに続けた。

「あなたの作るものには、優しさがあるの。 誰かの心を救えるなら、それはもう、立派な仕事だと思うわ」

母の言葉が胸に響いた。何かがゆっくりとほどけていくように、息を吸い込んだ。

映像の中では、あの日の海がきらめいていた。潮風が、画面越しに吹いてくるような気がした。

――これを、他の人にも見せられたら。――誰かの大切な記憶を、もう一度灯せたら。

その夜。母が寝静まった部屋を出て、僕は静かなリビングに座った。スマホを取り出し、連絡先をスクロールする。

「……佐藤」

通話ボタンを押す指が、少し震えた。

『おう、どうした?』懐かしい声が聞こえる。

「……話がある。 俺さ、本気でやりたいことができた」

短い沈黙のあと、佐藤の声が弾んだ。

『そう来なくちゃな。詳しく聞かせてくれよ、松田』

その瞬間、胸の奥に灯がともった気がした。止まっていた時間が、ようやく動き始めた。

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