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Refream  作者: ria
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25章 境界アルゴリズム

蛍光灯の光が反射する古い机の上に、コードの走るノートパソコンと未整理のメモ用紙が散らばっていた。

それが、再出発した二人の“開発室”だった。

部屋の奥では、佐藤が古びたVRゴーグルのフレームを手で磨きながら、黙々と動作確認をしている。

松田はキーボードを叩く手を止め、モニターに表示された波形データを見つめていた。

「感情の…波、だよな。これ、本当に再現できるのか?」

「理屈では、できる。問題は“どこまでが本物の感情なのか”ってこと」

佐藤の言葉に、松田は小さくうなずいた。

新しく掲げた構想は、ただ“思い出を再生する”ものではない。

人間が抱いた感情そのもの――悲しみ、喜び、懐かしさ――をアルゴリズムとして再構築し、

仮想空間で“もう一度感じる”ことを可能にする装置。

名付けて、「ReFeelリフィール」。

黒川が以前、半ば強引に持ち込んだ感情解析のプログラムを改良して使っていた。

「ここだけは借りるしかない」と松田は思っていたが、

その裏にどんな意図があるのかは、まだ分からないままだった。

「でもさ、松田。人の“感情”を数値化するって、怖くないか?」

「怖いけど……必要なんだ」

「母さんのため、か」

佐藤の声には、少しの優しさと警戒が混ざっていた。

松田の母は、今も自宅のベッドに横たわっている。

外に出られず、記憶も少しずつ薄れていく。

「思い出を見せるだけじゃ足りないんだ。あの人が“感じた”春の風、あの笑顔。

 それを再現できなきゃ、意味がない」

彼の声には、焦りと祈りが混ざっていた。

母のための技術開発は、いつしか“母のいない世界を埋めるための行為”になりつつあった。

夜更け。

モニターの光が二人の顔を照らす。

松田は新たなアルゴリズムを組み上げながら、データ群の中に奇妙な波形を見つけた。

感情データのはずが、どこか“人の声”に似たリズムを刻んでいる。

「……佐藤、このコード、どこから取った?」

「前に黒川が送ってきた試作データだよ。なんか問題でも?」

「いや……でも、これ、人の心拍とか呼吸の波に近い」

その言葉を聞いて、佐藤は眉をひそめた。

黒川の名が出るたび、空気が少し重くなる。

「まさか……誰かの“実際の感情”をデータ化してるってこと?」

「……ありえる。あの人なら」

二人の間に沈黙が落ちた。

その沈黙の奥で、松田の胸の奥がかすかに震える。

誰かの悲しみを、誰かの痛みを、再現してしまうかもしれない。

けれど、それが“母の笑顔”に繋がるなら――と、心のどこかで思ってしまう自分がいた。

「松田。お前、少し無理してるんじゃないか?」

「……そうかも。でも、進むしかない」

彼はそう言って、またコードを書き始めた。

カーソルが点滅し、スクリーンに“EmotionBoundary_01”というファイル名が浮かぶ。

境界。

人とデータの境界。

記憶と感情の境界。

松田の中で、その線が少しずつ曖昧になっていく。

佐藤は、そんな彼を見つめながら、かつての友を思った。

大学のころ、何度も語り合った夢――“人を幸せにする技術を作りたい”。

それは今、どこへ向かっているのだろうか。

深夜2時。

プロトタイプのデバイスが小さく起動音を鳴らした。

モニターに、ぼんやりとした映像が浮かび上がる。

どこかで見たことのある、春の桜並木。

松田は息をのむ。

その映像の中で、母の後ろ姿が、風に揺れていた。

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