24章 再接続
メールが届いたのは午前3時過ぎだった。
黒川の名を見た瞬間、松田の胸に嫌な記憶が蘇る。
契約破棄、罵声、そして絶望。
だが、それ以上に――“今、なぜ”という疑問が勝った。
「佐藤、黒川から連絡がきた。」
「……冗談だろ?」
「本物だ。しかも“話がしたい”ってさ。」
佐藤は一瞬黙り込み、
「会おう」と短く答えた。
数日後、二人は都内の古いビルの一室にいた。
かつて黒川の会社があったオフィス。
だが今は机もパソコンもなく、
埃と静寂だけが漂っている。
その中央に、黒川はいた。
スーツは皺だらけで、
以前のような自信に満ちた笑みもない。
「久しぶりだな。」
彼の声は驚くほど静かだった。
「何の用だ。」
松田の声には棘があった。
黒川は小さく笑い、椅子を勧めた。
「まあ、座れ。警戒する気持ちはわかる。
……俺もな、すべてを失ったんだ。」
黒川は淡々と語り始めた。
ReLiveの暴走事故。
訴訟。
投資家の離脱。
残ったのは“技術データの断片”だけ。
「俺は金で世界を動かそうとした。
けど、結局は金が俺を動かしてたんだ。」
珍しく自嘲気味な笑みを浮かべる黒川。
松田は言葉を失った。
「お前たちの“Future Memory”を見た。
……あれは、完成したら人間の根っこを変える技術だ。」
「何が言いたい。」
「俺を、手伝わせてくれ。」
沈黙。
その言葉の重さが、部屋の空気を変えた。
「ふざけるな。」
松田は即座に立ち上がる。
「俺たちはあんたのせいで全部失ったんだぞ。」
「わかってる。」黒川は静かに言った。
「だからこそ、償いたい。……いや、救いたいんだ。」
「救う?」
「“ReLive”を使って、妻を取り戻そうとしたんだ。」
松田と佐藤は息を呑む。
「事故で亡くした。
でも、装置の中でだけは、何度も会えた。
それが俺にとって“生きる理由”だった。
だから、止められなかった。」
その目に映るのは狂気ではなく、
深い喪失と、悔恨の色だった。
「……あんた、まだ続ける気か?」
「違う。
“現実に戻れる希望”を作るんだ。
過去を再生するんじゃない、“未来へ帰る道”を。」
黒川の言葉が、奇妙に松田の理想と重なった。
会議室を出たあと、佐藤が口を開く。
「……松田、どうする?」
「信じる理由はない。
けど、利用価値はある。」
「お前、怖いこと言うな。」
松田は遠くを見た。
「俺たちだけじゃ限界だ。
でも、黒川の中にまだ“人間”が残ってるなら、
一度だけ、賭けてみてもいい気がする。」
「……あいつ、昔の俺たちみたいに、
“誰かのため”に作ろうとしてるのかもな。」
夜風が吹き抜ける廊下を歩きながら、
二人の足音がゆっくりと重なる。
数日後。
倉庫の扉が再び開く。
そこには黒川が立っていた。
かつての傲慢さは消え、
手には小さなデバイスが握られている。
「ReLiveの残骸から拾った。
“感情同期”のコアデータだ。
うまく使えば、“現実に戻す感情線”を作れる。」
松田と佐藤は顔を見合わせた。
新しい光が、再び揺らめき始めていた。
だがその光の奥に――
まだ誰も知らない“代償”が潜んでいることを、
この時の三人はまだ知らなかった。




