23章 記憶の残響
仮設の倉庫での開発は、ゆっくりと、しかし確実に前へ進んでいた。
古びたVRゴーグルを分解し、センサーを調整し、
中古PCを何台も繋げて、即席のネットワークを組む。
「――起動、いけるぞ。」
佐藤の指がスイッチを押す。
数秒の静寂のあと、
モニターに“Future Memory Engine - α版”という文字が浮かび上がった。
松田は思わず笑みをこぼす。
「やったな。」
「いや、まだ“動いただけ”だ。……ここからが地獄だぞ。」
ふたりは深夜までコードを書き続けた。
寝不足でフラつきながらも、心の中には確かな高揚があった。
数日後。
松田は母の見舞いを終えて、再び倉庫に戻った。
ドアを開けた瞬間、ふと空気が違うのに気づく。
――佐藤が、黙り込んでいた。
モニターには、
青白い映像が繰り返し流れていた。
夕暮れの川辺。
制服姿の少年たち。
笑い合う声。
松田は眉をひそめた。
「……それ、誰の映像だ?」
佐藤は無言のまま、ヘッドセットを外した。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……友達だよ。昔の。
高校のときに……事故で死んだやつ。」
松田は息を呑む。
「テスト中、映像を生成させたら……勝手に出てきたんだ。
“入力したキーワード”とは関係なかった。
でも、確かにあいつの声が聞こえた。」
彼の手が震えていた。
コードを通して再構築された“記憶”が、
意図せずして“死者”を呼び起こしたのだ。
その夜、松田は一人でシステムを解析した。
プログラムの一部が自動的に拡張され、
“脳内補完”機能が勝手に作動している。
――人の心が、「見たい未来」を自ら生成していた。
つまり、
AIでもデータでもなく、
人間自身が幻を作り出していた。
「……これが本当に、希望の装置なのか?」
松田はディスプレイを見つめ、
しばらく何も言えなかった。
翌朝。
佐藤がコンビニのコーヒーを手に戻ってきた。
「昨夜のデータ、見た?」
「ああ。」
「……俺、あの映像、もう一度見たい。」
松田は首を横に振る。
「だめだ。あれは不安定すぎる。」
「でも、もしあいつが本当に――」
「佐藤!」
松田の声が鋭く響いた。
「お前まで黒川みたいになるなよ。
“記憶”を人のために使うんじゃなくて、“自分のため”に使い始めたら終わりだ。」
沈黙。
佐藤は俯いたまま、拳を握る。
「……悪かった。
けど、もしこれが人を救う技術なら、
もう一度だけ、試したい。」
その言葉には、悲しみと執念が混ざっていた。
松田は深くため息をつく。
「……一度だけだ。」
その夜、再び装置が起動した。
ヘッドセットの中で、佐藤は静かに目を閉じる。
“川辺の風”“笑い声”“肩を叩く手”
現実には存在しないはずの感触が、確かにそこにあった。
だが、次の瞬間――
ノイズが走り、映像が白く焼けた。
佐藤の呼吸が乱れ、心拍数が上昇する。
松田が慌てて停止ボタンを押す。
「佐藤! 聞こえるか!」
ヘッドセットを外した佐藤は、汗でびっしょりだった。
だが、その顔には涙と笑顔が混ざっていた。
「……見えたんだ。
あいつ、笑ってた。」
松田は何も言えなかった。
ただ、静かに佐藤の肩を叩いた。
倉庫の外、夜明け前の風が吹く。
空が淡く光り始める。
松田はその光を見つめながら思う。
――この装置は、もしかしたら“奇跡”かもしれない。
でも、同時に“禁断”でもある。
未来を見せることは、人を前に進ませるのか。
それとも、現実から遠ざけるのか。
答えは、まだ見つからなかった。
そして数日後。
「Future Memory」宛に、一通のメールが届く。
件名にはこう書かれていた。
「黒川です。――話がしたい。」




