20章 記憶をある街の片隅で
都心の駅前に、新しくオープンした体験型展示スペース。
黒川が率いる投資チームの資金で、
VR記憶体験システム「ReLive」のデモンストレーションが行われた。
壁一面に設置されたモニター。
「あなたの記憶に、もう一度会える。」
というキャッチコピーが光る。
通りには長蛇の列ができ、SNSには
“亡くなった母に会えた!” “人生が変わる体験!”
という投稿が溢れていた。
成功──そう見えた。
松田以外の全員にとっては。
「すごい反響ですね!」
スタッフの一人がはしゃぐように言う。
黒川は上機嫌でワインを掲げた。
「君たちの理想は、もう社会の中心にいる。
人は、過去を欲してるんだ。」
その言葉に拍手が起きた。
けれど松田の胸には、冷たい違和感が残っていた。
“欲してる”──まるで依存を煽るような響きだった。
壁のスクリーンでは、
老婦人が亡き夫と踊る映像、
青年が幼いころの兄と再会する映像が流れていた。
涙、笑顔、歓声。
確かにそこに“救われている人たち”がいる。
だが同時に、何かが壊れていく音も、松田には聞こえていた。
夜、イベントが終わったあと。
会場の片隅で、松田は佐藤に声をかけた。
「……お前、本当にこれでいいのか?」
「なにがだよ。」
「記憶を“商品”にしてる。
あの日、俺たちが話してたこと、もう忘れたのか?」
佐藤は少し黙ってから、疲れた笑みを浮かべた。
「松田。理想だけじゃ、誰も救えないんだよ。」
「違う。理想があるからこそ、救えるんだ。」
言葉がぶつかる。
小さな声だったが、その空気は重かった。
「黒川のやり方じゃ、いずれ人が壊れる。」
「でも、黒川がいなきゃ今の開発費は出なかった。」
佐藤の目の下には深いクマができていた。
この数週間、ほとんど寝ていない。
けれど彼の目の奥には、まだ“あの日の光”が残っていた。
「……俺は、もっと先を見たいんだ。」
「先?」
「過去じゃなく、未来の記憶を作る装置にしたい。
誰かに会うんじゃなくて、“誰かとこれから会うための勇気”を与える。
そういうものに、いつか。」
その言葉に、松田は息を呑んだ。
久しぶりに、佐藤の“らしさ”を見た気がした。
だがそのとき、背後からゆっくりと拍手の音が響いた。
「理想論は美しい。だが、資金は現実だ。」
黒川だった。
グレーのスーツに、冷たい笑み。
その目だけが妙に熱を帯びていた。
「未来の記憶? 悪くない。だが、人は未来より“過去”を買う。
懐かしさこそ、最大の市場だ。」
「あなたはそれでいいのか?」
松田が問う。
黒川は肩をすくめた。
「いい悪いではない。
私は“生き延びる”ことを選んだだけだ。
人は過去にすがってしか、生を保てない。」
松田は目を細めた。
その言葉の奥に、かすかな痛みを感じた。
黒川が去ったあと、
佐藤は壁に寄りかかって小さく笑った。
「……あの人、きっと昔、誰かを失ってる。」
「どうしてそう思う。」
「わかるんだ。ああいう目をしてる奴、見たことあるから。」
松田は黙った。
かつての佐藤の友人──優斗の話が、頭をよぎった。
帰り道。
夜風がビルの谷間を抜ける。
ネオンの下で、「ReLive」の広告が淡く光っていた。
“思い出を、もう一度。”
松田はその光を見上げながら、
胸の奥に沈む言葉を噛みしめた。
“もう一度”ばかりじゃ、
人は前に進めない。
それでも、彼はまだ信じていた。
いつか、自分たちの技術が“誰かを過去ではなく未来へ”導ける日を。
そしてそのために、
再び佐藤と、もう一度“夢”を語れる日が来ることを。




