18章 揺らぎ
試験当日の朝。
工房は異様な熱気に包まれていた。
テレビ局のカメラ、取材陣、そして見学者。
数日前まで埃っぽかった空間が、まるで祝祭の会場のようにざわめいていた。
「これが、人の記憶を“体験”できる装置か……」
「亡くなった人に会えるかもしれないんだって」
その声の一つ一つが、希望と恐怖のあいだを揺れていた。
松田は遠くからその光景を見つめていた。
佐藤はインタビューを受け、黒川は自信満々に微笑んでいる。
「これが新しい時代の“記憶産業”だ。
私たちは、思い出を再現し、人の人生にもう一度“触れる”機会を提供する。」
黒川の言葉に拍手が起こる。
だが松田の胸の奥で、何かがひっかかった。
“触れる”って……そんな軽いもんじゃないだろ。
装置の中央には、一人の女性が座っていた。
被験者・片桐良子。十年前に息子を亡くした女性だった。
「準備、完了しました」
スタッフが言う。
佐藤がスイッチを押す。
青白い光が部屋を包み、空間が歪む。
──春の公園。
小さな男の子が笑いながら走っている。
母親がその後を追い、笑い声が風に混ざった。
「たっくん……!」
良子さんの声が震える。
彼女の頬を涙が伝う。
彼女の前には、確かに“息子”がいた。
会場全体が静まり返る。
カメラのフラッシュも止まっていた。
成功──そう思われた、その瞬間。
映像がノイズを走らせた。
少年の輪郭がにじみ、空の色が黒く変わる。
「なにこれ……?」
スタッフが叫んだ。
良子さんの体が硬直し、モニターが赤く点滅する。
「……いかないで、たっくん……!」
松田がモニターを確認する。
脳波が急上昇、限界値を超えていた。
「切れ!今すぐ電源切れ!」
佐藤が反射的に操作パネルを叩く。
光が弾け、機械音が止まった。
沈黙。
良子さんは意識を失っていた。
呼吸はある。けれど、その表情は──どこか遠くを見ているようだった。
「……想定内だ」
黒川が冷静に言う。
「記憶の没入が深くなりすぎただけだ。」
「想定内だと?」
松田が声を荒げる。
「人の心をおもちゃにしてるだけじゃねぇか!」
黒川は冷ややかに笑った。
「彼女が望んだんだ。
“もう一度会いたい”と。
私たちはその願いを叶えただけだよ。」
その言葉に、佐藤は何も言えなかった。
夜。
取材陣が去ったあとの工房は、息を潜めたように静かだった。
松田は一人、モニターの映像を見つめていた。
そこには、さっきまでの記録が残っている。
母と子が笑い合う光景。
だが途中で、子の姿が崩れ、黒い靄に溶けていく。
松田は目をそらせなかった。
「これ……本当に、人を癒してるのか……?」
その時、背後のドアが静かに開いた。
「松田、まだ残ってたのか。」
佐藤の声。
「……良子さんは?」
「命は助かった。けど、
さっき、看護師が言ってた。“息子に手を振られた気がした”って。」
佐藤は装置に視線を向けた。
その青白い光に照らされる横顔は、どこか遠くを見ていた。
「……なぁ、松田。
俺、あいつに会える気がするんだ。」
「あいつ?」
「優斗。高校の時の友達だ。
事故で死んだ。俺が乗ってたバイクに二人乗りしててな。」
その言葉に、松田は息をのんだ。
「それからずっと、
何かを取り戻そうとしてる気がするんだ。
あの装置なら、たぶん……あの時の“最後”をやり直せる。」
「佐藤、それは違う。
お前は……“戻る”ためにこれを作ったんじゃないだろ。」
佐藤は微かに笑った。
「わかってる。でも、確かめなきゃいけない。
“思い出”が人を壊すのか、救うのか。」
松田は何も言えなかった。
その決意は、あまりにもまっすぐで、
そして、あまりにも危うかった。
帰り際、松田は振り返った。
装置の中央、青い光がかすかに脈打っている。
まるでそこに“心臓”があるみたいに。
「もし次に何か起きたら……
俺が、この装置を止める。」
静かな誓いが、冷えた空気の中で溶けていった。




