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Refream  作者: ria
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16章 境界を超える音

試作機が完成したのは、夜明け前だった。

工房の照明が淡く瞬き、

装置の中心に埋め込まれたヘッドギアが微かな青い光を放っていた。

「これが……“追憶の装置メモリースフィア”か。」

松田が息を呑む。

複雑なコードと無骨な金属フレーム。

それでも、そこに漂う空気には確かな“希望”があった。

佐藤が椅子に腰を下ろし、画面の数値を確認する。

「まだ安全性は不明だけど、

 記憶データを映像化するところまでは動くはずだ。」

「誰で試す?」

佐藤の視線が、一瞬だけ迷った。

「……俺だよ。」

「は?危険すぎるだろ!」

「松田。

 誰かが最初に飛び込まないと、何も始まらない。」

そう言って笑う佐藤の目は、どこか遠くを見ていた。

その笑みの裏にある焦燥を、松田は感じ取っていた。

その日、松田は一人で黒川の事務所を訪ねた。

理由は分からない。ただ、確かめたかった。

あの男が何を考えているのかを。

黒川は相変わらず穏やかだった。

薄い笑みを浮かべながら、

「装置の完成、おめでとう」と口にした。

「あなた……あの装置を本当に支援するつもりなんですか?」

「もちろん。

 “過去に戻りたい”という願いは、誰にでもある。」

黒川はワイングラスを傾けながら言った。

「君の母親も、きっとそう思っているんじゃないかな?」

松田の手がピクリと止まる。

「……なんで母のことを。」

「調べさせてもらった。

 彼女が病で外出できないことも、

 君が“思い出”にこだわる理由も。」

言葉が喉で詰まる。

黒川はグラスを置き、ゆっくりと続けた。

「私はね、母を亡くした夜に気づいたんだ。

 “記憶”こそ、人が生き続けるための最後の場所だと。

 死んだ人間を現実に戻すことはできない。

 だが記憶の中なら、何度でも会える。」

その目に一瞬、静かな悲しみが宿った。

だが次の瞬間、それは冷たい光に変わる。

「だから私は、あの装置を“救い”の形にしたい。

 君のような“理想家”が現実を動かす手足になるなら、

 なお素晴らしいことだ。」

「……あんたの“救い”は、人を過去に閉じ込めるだけだ。」

黒川は笑った。

「閉じ込める?違う。

 “現実”こそ人を縛っている。

 過去の中で生きる自由を、私は与えるだけだよ。」

松田はその言葉を最後まで聞かず、部屋を出た。

背後で黒川の声が響く。

「君の相棒は、もうこちら側に立っている。」

翌日、工房に戻ると、

佐藤が試作機のヘッドギアを頭に装着していた。

背後のモニターには、まだ見ぬ世界の映像がぼんやりと浮かんでいる。

「やめろ、佐藤!」

松田が駆け寄る。

「大丈夫だ。数分だけだ。」

佐藤の声が震えていた。

「俺は……確かめたいんだ。

 本当に“思い出”が、誰かを救えるのか。」

「そんな形で確かめることじゃない!」

だが佐藤は、ヘッドギアのスイッチを押した。

淡い光が彼の周囲を包み込み、

空気が一瞬だけ波打った。

画面の中に、

小さな子どもと、その隣に笑う母親の姿が映る。

「……これは。」

松田は息を呑んだ。

それは、佐藤の記憶の中の光景だった。

──母親に手を引かれて歩く、夏の日。

 空はどこまでも青く、

 少年は笑いながら「また来ようね」と言っていた。

だが、その映像はすぐに乱れ、

ノイズが走った。

「佐藤っ!」

松田が叫ぶ。

だが装置は止まらない。

光が弾け、音が消えた。

そして、静寂。

佐藤はゆっくりと目を開けた。

「……見えたよ、松田。」

「何を……?」

「“過去”は、まだそこにある。」

その笑顔は、どこか危うく見えた。

夜、松田は工房の片隅でノートを開いた。

ページの端には、大学時代のメモが残っている。

──「人の心に寄り添う技術を作る」

それが、二人の出発点だった。

だが今はもう、同じ言葉を見ても

違う意味にしか聞こえなかった。

装置の青い光が、

まるで“過去”に誘う灯火のように

ゆらゆらと揺れていた。

松田は、その光から目を逸らした。

もう一度、佐藤を取り戻さなければ。

そう、胸の奥で静かに決意する。

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