表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Refream  作者: ria
13/27

13章 沈黙の境界

深夜、オフィスの照明は半分落ちていた。

モニターだけが青白く光り、無機質な空間を照らしている。

松田は、ひとり椅子に腰を下ろしたまま、

進捗フォルダの中を整理していた。

「……ん?」

見慣れないフォルダがひとつ、隅にあった。

「VR_archive_ex」──そんなファイル名、記憶にない。

佐藤が試作中のバックアップでも入れたのかと思い、

軽い気持ちで開いた。

中には、動画ファイルがいくつも並んでいた。

「test_memory_01」「prototype_ver3」「user_sample」……。

どれも、正式なデータベースには存在しない。

松田は無意識のうちにクリックしていた。

画面に映し出されたのは、

夕焼けの下の古い公園だった。

揺れるブランコ、赤錆びたジャングルジム。

そして、小さな男の子と、その手を握る女性の姿。

「……これ……」

母親が子供の髪を撫でる。

柔らかく微笑むその横顔に、見覚えがあった。

――佐藤の、母親。

呼吸が止まった。

目の前の映像は、明らかに“思い出”を再現している。

でも、誰がこの映像を入力した?

佐藤本人しか知りえない記憶だ。

そのとき、画面の隅に白いロゴが一瞬光った。

「Kurokawa Industries」。

息を呑む。

心臓が小さく跳ねた。

あの男の名前。

黒川。

嫌な予感が、肌を這い上がる。

松田はそっと画面を閉じ、額に手を当てた。

胸の中に湧いてくるのは怒りよりも、

理解できない“喪失感”だった。

どうしてだ。

なぜ、佐藤が──。

机の上には、二人で描いた事業計画書が広がっていた。

“人の思い出を、もう一度“感じられる”装置をつくる”

あの日、理想だけで走り出した夢。

それが今、金と契約のにおいにまみれようとしている。

指先が、震えた。

「……信じたかったのにな。」

小さく呟いた声は、冷たい蛍光灯の音に掻き消えた。

翌朝。

いつものように佐藤が先に出社していた。

白いシャツの袖をまくり、笑顔で迎える。

「おはよう、昨日残業してたでしょ?進んだ?」

その声が、妙に軽く聞こえた。

松田は笑顔を作り、返した。

「まあな。少しだけ、形になってきたかも。」

「よかった。次の試作、もう一段階いけそうだな。」

ふたりの会話は普段どおり。

だが、その裏で松田の視線は、

佐藤のポケットに忍ばせたUSBの膨らみを見逃さなかった。

昼、佐藤は電話のため外に出た。

松田は、コーヒーを片手に窓際へ向かい、

見えないふりをして、ドアの外の声に耳を澄ませた。

「……はい、黒川さん。ええ、予定どおり週末に。

 試作データは整理できています。」

静かな声だった。

だが、それが松田の胸に深く突き刺さる。

やっぱり。

佐藤の声は穏やかで、誠実にさえ聞こえる。

裏切りを自覚していないようにも感じられる。

だからこそ、苦しかった。

黒川と手を組んだ理由を知りたい。

けれど、問い詰めればすべて壊れる。

その夜。

佐藤は再び残業をしていた。

松田は帰るふりをして階段の陰に身を潜めた。

ガラス越しに見える佐藤の姿。

机の上に広げられたノートPC、

その横に置かれた黒川の名刺。

佐藤は画面を見つめ、

深く息を吐いていた。

「……これでいいのか……?」

彼の口から漏れたその言葉が、

松田の胸を締めつけた。

“これでいいのか”

つまり、迷っている。

完全に黒川の手の中に落ちたわけではない。

だからこそ、まだ間に合うかもしれない。

松田は踊り場に背を預け、

静かに空を仰いだ。

階下からは自販機の音。

遠くで雨が降り出していた。

「……ごめんな、佐藤。」

呟いた声は誰にも届かない。

翌日、佐藤は少し浮かれたような顔で出社してきた。

「黒川さんの会社、ついに試作支援の契約が通りそうなんだ。」

松田の胸が、ドクンと音を立てた。

「そうか……」

その言葉だけで精一杯だった。

佐藤は続けた。

「これで、VR装置の基盤をちゃんとつくれる。

 今までの“想像の装置”から、“体験の装置”へ進化できるんだ。」

その瞳には、かつてと同じ熱が宿っていた。

だが、その熱の向かう先はもう、違う場所を見ている。

松田は黙って頷いた。

「いいと思う。だけど……焦るなよ。」

佐藤は笑った。

「わかってるよ、親方。」

冗談めかした呼び方に、

懐かしさと痛みが混ざった。

松田は自分のデスクに戻り、

スマホのメモアプリを開いた。

タイトル:「黒川との接点」

そこに箇条書きで、

・非公開フォルダ“VR_archive_ex”の存在

・黒川のロゴ入り映像

・週末の面会予定

と記した。

そして最後に、一行だけ追加した。

“彼を責めるな。見届けろ。”

モニターの光が、目に沁みた。

黒川から届いたメールを開く。

宛名は「佐藤悠」だけ。

文面は短く、冷たい。

“契約の準備は整いました。

次のステップへ進みましょう。

あなたの決断を、私は信じています。”

“信じています”という文字が、

まるで皮肉のように見えた。

松田はその画面を閉じ、

静かに椅子の背にもたれた。

黒川の目的は何なのか。

資金か、技術か、あるいは……人の記憶そのものか。

ひとつだけ確かなのは、

もう二人の関係が、元の形には戻らないということだった。

「今度は俺が、お前を見守る番だ。」

低く呟いたその声は、

誰もいないオフィスに溶けていった。

蛍光灯の明かりが一瞬だけ揺れ、

空気が変わったように感じた。

まるで、

“戦いの始まり”を告げる合図のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ