09
美咲さんがカレーを食べ終わる頃には、夜八時を過ぎていた。
ここで単独行動をしたくないというのは全員同じだったのだろう。一階にあるトイレには何人かが交代で入ったが、誰も二階にある個室に戻ろうとはしなかった。
蓮さんが、リビングに備え付けてあったメモ用紙に何かを書き始めたので、俺はそれを覗き込んだ。
「蓮さん、何してるんですか?」
「考えたんだけどな。夜は全員でこのリビングで寝た方がいい。次の襲撃があるかもしれないからな。そして、二人ずつ見張りを立てる」
蓮さんが書いたのはこうだった。
零時〜三時 颯太
三時〜六時 蓮
零時〜二時 綾音
二時〜四時 亜里沙
四時〜六時 優花
「ショックが大きい美咲さんと、中学生の瑛太くんは除外。他の五人で交代で起きていよう」
「俺も賛成です」
ダイニングにいた美咲さんも寄ってきて、ソファに全員が座る格好になった。美咲さんが震える唇で言った。
「拓真を殺した犯人が、まだ外にいるってこと……?」
そこで口を開いたのが、なんと瑛太だった。
「いえ。ボクは外部の犯行の線は薄いと思います。だって不自然ですよ。スマホがなくなった。電話線が切られていた。ボクたちが来た後の出来事です。あのキッチンからは、コテージの出入り口は見えますよね?」
蓮さんと美咲さんが顔を見合わせた。蓮さんが言った。
「確かにそうだな。オレたち以外の人間が入ってきたらすぐわかる」
亜里沙さんが口を挟んだ。
「スマホ探す時に二階の部屋確認したけど、窓には鍵がかかってたよ。二階から入るのも無理だと思う」
瑛太が続けた。
「それに、この合宿の趣旨を犯人が知っていないとおかしいんです。通常、スマホは肌身離しませんからね。拓真さんが全員のスマホを集めていた、というのを知っていないと、今回スマホがなくなった件は説明できません」
いつもは瑛太に厳しいことを言わない俺だが、さすがに声を荒げた。
「おい、瑛太。何言ってるのかわかってんのか? それだと俺たち合宿メンバーの中に犯人がいるってことになるぞ!」
「……ボクはそう言ってる」
「瑛太!」
つい立ち上がりそうになった俺を、蓮さんが手で制した。
「いや、瑛太くんの指摘はもっともだ。その可能性も頭に入れておいた方がいい。全員一緒に行動することは、互いを見張ることでもある」
美咲さんが叫んだ。
「拓真は誰にも恨まれることなんてしてない! わたしだって違う! だって、その、アリバイもあるし!」
美咲さんが視線を向けたのは蓮さんだった。
「わたしは蓮くんとずっと一緒にいたよ。だから、蓮くんのアリバイだって証明できる」
ここからは、それぞれのアリバイを語るのは筋だろう。俺は口を開いた。
「俺はずっと瑛太と一緒でした。ビーチに行った後、スタジオに入って拓真さんと会話しました。変わったところはなかったですね。そこから高台に行って……コテージに帰ってきたら、美咲さんと蓮さんの二人がいました」
今度は綾音ちゃんだ。
「えっとね、わたし、一人だった時間があるの。岩場で腕を怪我して、コテージに絆創膏を取りに行ったんだ。その時流し台で腕を洗わせてもらったから、美咲さんと蓮さんは知ってると思う」
蓮さんが言葉を継いだ。
「確かにそう。綾音ちゃんの右腕に切り傷があった。あれは、四時より少し前くらいかな。颯太くんと瑛太くんが帰ってくる前」
最後は亜里沙さんだ。
「あたしは優花とずっと一緒にビーチにいたよ。あたしに拓真さんを殺す動機なんてないし、優花は初対面だよ? あたしと優花も違う」
綾音ちゃんが自分の胸をおさえた。
「じゃあ……一番怪しいのは、わたし?」
すると、瑛太がこう言った。
「共犯の可能性もあります。片方がかばっていたり、二人で犯行に及んでいた場合、アリバイは成立しない」
蓮さんがふっとため息を漏らした。
「それは、颯太くんと瑛太くんにもアリバイがないっていうことになるけど、いいのか?」
「はい。その通りです」
「フェアだな。中学生にしては上出来だ」
美咲さんと蓮さんのペア。亜里沙さんと優花さんのペア。そして、一人だった綾音ちゃん。共犯の可能性をあげるとなると、全員にアリバイがない。それに思い当たった瞬間、空気が張り詰め、ビリビリと肌に電気が通ったような感覚になった。
それを打ち破るように、亜里沙さんがパンパンと手を叩いた。
「はい! 疑うのやめよう! それよりシャワー浴びたいんだけど。夜遅くなる前に入っちゃおうよ」
亜里沙さんの言う通りだ。日中汗をかいたので、このまま流さずに寝たくはない。蓮さんが言った。
「じゃあ、レディーファーストで。女性陣からどうぞ。オレは最後でいい」
俺は一つ提案した。
「時間の短縮になりますし、俺と瑛太は一緒に入ります。兄弟で風呂なんて久しぶりだな、瑛太」
「……うん」
そんなわけで、女性四人の後に、俺と瑛太がシャワーを浴びることになった。