08
七人で慰霊碑へと向かった。俺は拓真さんが立ち上がって、ヘラヘラ笑いながら謝ってくれることだけを期待していた。
しかし、そうはならなかった。
「……ダメです。お亡くなりになっています」
看護学生の優花さんがそう言うのだ。納得するしかなかった。
「そんな……! 拓真、拓真っ!」
美咲さんが、死体となった拓真さんにすがりついて泣き始めた。俺は瑛太を抱き寄せた。その次に確認したのは綾音ちゃんの様子だ。
「そんな……拓真さんが……」
綾音ちゃんは、自分の身を抱きしめ、ガタガタと震えていた。そんな綾音ちゃんの背中をさすったのは亜里沙さんだった。
「綾音ちゃん、あまり見ない方がいいよ。後のことは上級生に任せて」
俺は蓮さんを見た。ガシガシと頭をかき、その後優花さんに声をかけた。
「背中の傷、どういうものかわかりますか?」
優花さんは少し考え込んだ後に答えた。
「私もまだ学生なので、正確なことはわかりませんが、刃物で数ヶ所刺されたのでは、というのが見立てです。動物の爪や牙ではないですね」
美咲さんが金切り声をあげた。
「じゃあ何? 拓真は誰かに殺されたっていうの?」
俺は辺りを照らした。本当に刃物で刺されたのなら、凶器は……どこだ? 背中には刺さっていなかった。地面にも落ちていない。犯人が持ち去った?
蓮さんが、一際落ち着き払った様子で言った。
「コテージに戻ってスマホを探しましょう。一刻も早く警察に連絡しないと」
美咲さんが食って掛かった。
「拓真をこのままにしておけっていうの?」
「これは殺人事件です。現場をそのままにしておいた方が……」
「嫌! こんな場所に残していけない! お願い、コテージまで運んであげて!」
この中で、それができるのは俺と蓮さんしかいない。蓮さんもそのことにはすぐに気付いたのだろう。互いに視線で合図を送った。蓮さんが言い放った。
「その前に、写真撮影をしておきましょう。警察が来たら、証拠としてカメラを渡せばいい。美咲さん、これは犯人を確実に捕まえるためです。いいですね?」
「それは、わかった……」
美咲さんは拓真さんから離れた。蓮さんが、使い捨てカメラであらゆる方向から拓真さんを撮影した。それからは周辺だ。慰霊碑には、拓真さんのものと思われる血がついていた。
「これは……?」
蓮さんがしゃがみ込み、何かを拾った。俺はすかさず懐中電灯で蓮さんの手元を照らした。タバコの吸い殻だった。
「メビウス。拓真さんだな。オレはマルボロだし亜里沙ちゃんはピアニッシモ。拓真さんの物で間違いない」
「えっと、つまり、タバコの銘柄ですか?」
「そうだ」
蓮さんは吸い殻を自分のズボンのポケットに入れ、俺に指示した。
「運ぶぞ。颯太くんは足を持ってくれ」
「はい!」
身長が高い上に鍛えていた拓真さんだ。男二人で運ぶのは苦労した。コテージまでの道のりで、何度かおろして休憩しなければならなかった。最終的に、部屋のベッドに拓真さんを寝かせ、シーツでくるんだ。
先に戻っていた女性陣と瑛太とで、コテージ内をくまなく見て、スマホが入っていたトートバッグを探してくれたようだが、とうとう見つからなかった。
「拓真……!」
俺と蓮さんは何も言わなかったが、美咲さんを拓真さんと二人にしてあげることに決めた。そして、リビングに集まった残りのメンバーに対して、蓮さんがこう言った。
「犯人はまだ辺りをうろついているかもしれない。コテージを出るのは禁止。鍵も確認しておいてくれ」
拓真さんが、何者かに殺された。その実感は、遅れてやっていた。部屋から聞こえてくる美咲さんのすすり泣きと共に。
「あ、あのぅ……」
遠慮がちに声をあげたのは、綾音ちゃんだった。
「こんな時ですけど……いえ、こんな時だからこそ、きちんとご飯食べませんか? 警察にはいつ連絡できるかわかりません。帰りの船を待たなければならないとなると、長期戦になると思うんです」
蓮さんが頷いた。
「綾音ちゃんの言う通りだ。カレー、食べよう。美味いぞ」
誰も、何も喋らなかった。スプーンが皿に当たる音だけがその場を満たしていた。美咲さんはもう泣きやんだようだが、綾音ちゃんがドア越しに声をかけても「要らない」と言われたとのことだった。
最高の思い出になるはずだった。この後は、スタジオに行って、拓真さんのベースを聴きながら歌うつもりだった。それはもう、叶わない。
一人、また一人とカレーを食べ終えた。ようやく声を発したのは、蓮さんだった。
「……食洗機がついてるから、それで洗うよ。予洗いはオレがするから、テーブルの上に置いといてくれ」
綾音ちゃんが立ち上がった。
「わたし、手伝います」
「おう。頼む」
カチャリと音がした。それから、階段を下りる音。美咲さんだった。
「……生きてる限り、お腹って減るんだね。わたしも食べる。味見したけど、ヤバいほど美味しかったもんね!」
美咲さんは、引きつった笑顔を浮かべた。それがとても痛々しくて、俺はどんな表情をすればいいのか、どんな言葉をかければいいのかわからなくて、目をそらしてしまった。