07
「あーもう、時間守れって言ったの拓真なのに」
美咲さんが、大げさにかぶりをふった。亜里沙さんが続いた。
「でも、あの拓真さんが時間を忘れるとは思えないですよ。何かあったんじゃ……」
蓮さんが立ち上がった。
「スタジオ見てくるよ。場所は……」
俺もその場に立った。
「俺、昼に瑛太と行ったので知ってます。一緒に行きましょう」
「助かる。暗くなってきたし、懐中電灯持って行くか……」
リビングの壁に吊るされていた懐中電灯を俺が持ち、先導して、蓮さんと二人でスタジオに向かった。スタジオには電気がついていなかった。昼と同じようにドアを開けようとしたが、鍵がかかっているのかびくともしない。
「拓真さん!」
蓮さんが呼びかけた。しかし、窓にはカーテンがあるし、いるかどうかわからない。
「颯太くん、どうする?」
「ビーチに行きませんか? 美咲さんが、拓真さんはスタジオの後はビーチに行くつもりだったって言ってましたし」
「一人で行って、誰もいなきゃ帰ってくると思うんだけどな……」
俺たちはビーチに来たが、静かなものだ。人影はまるで見当たらないし、痕跡もない。俺はつい悪い想像をしてしまった。
「まさか、流されたとか……」
「手当たり次第探そう。可能性があるとしたら、どこだ?」
「俺と瑛太が行った高台の可能性はありますけど、けっこう距離があります。まずは……慰霊碑とか?」
「ここから分かれ道に戻って船着き場の方角だな」
不安を打ち消すため、俺はあることを思いついた。これは、拓真さんのサプライズなんじゃないか? いなくなったと見せかけて、ゾンビの扮装をして出てきてこわがらせる。ノリのいい拓真さんならそういうことをやりかねない。
しかし、現実は非情だった。
慰霊碑の前に、倒れている人影があったのだ。
俺は懐中電灯で顔を照らした。
拓真さんだった。
「拓真さん!」
俺は拓真さんに近寄った。拓真さんはうつ伏せで、顔を左に曲げた状態だった。目は見開かれ、口から一本の血の筋を垂らしていた。俺は拓真さんの背中に触れた。べっとりとした嫌な感覚が手のひらを覆った。
「ひっ……!」
俺は自分の手を見た。ついたものは、血だった。
「颯太くん、動かないで」
蓮さんが拓真さんの首筋に手をあてた。
「……ダメだ。脈がない」
「死んでる、って、こと、ですか」
「そうだ」
「う、うわぁっ!」
俺はその場に尻もちをついた。震えが止まらない。俺はスタジオでの会話を思い返した。
「おれはサークル長としてみんなに快適に過ごしてもらうことに専念したいんだ。二人とも、楽しめよ!」
そう言って笑っていた、頼りになる先輩が、死んだ。
「颯太くん、懐中電灯貸してくれ」
「は、はい!」
蓮さんが照らしたのは、拓真さんの背中だった。着ていた白いTシャツはぐっしょりと血に濡れていた。
「ここは危険だ。早くコテージに戻って警察に連絡しよう」
「はい……!」
俺と蓮さんは、駆け足でコテージに戻った。出迎えてくれたのは美咲さんだった。
「拓真、いた?」
「そ、そ、それが……!」
「颯太くん、オレが説明する。美咲さん、落ち着いてよく聞いてください。拓真さんが死にました」
「あはっ、何それ、悪い冗談……」
「本当です。背中が血まみれで、倒れてました。早く警察に連絡を。誰のでもいいからスマホ持ってきてください。早く!」
「わ、わかった……!」
蓮さんの気迫に押されたのか、美咲さんは階段を駆け上がった。残されたメンバーが続々と俺たちの周りにきた。
「そうにぃ、拓真さんが死んだってどういうこと……?」
「まだよくわからない。でも脈がなかったって蓮さんが」
優花さんが言った。
「私にも確かめさせて。多少の心得はある人間だし。ドッキリなのかもしれない」
そうだった、優花さんは看護学生だ。あの血だって作り物かもしれない。それを確かめてくれるだろう。
二階から、美咲さんのわめき声がした。
「ない! ない!」
俺は拓真さんと美咲さんの部屋に向かった。入ってみると、固定電話が置いてある他は、俺と瑛太の部屋とほとんど変わりがない。美咲さんはクローゼットに向かって叫んでいた。
「美咲さん、スマホを入れたトートバッグはクローゼットに置いたんですか?」
「そのはずなの! わたし見てた!」
蓮さんも部屋に入ってきた。
「とにかく早く連絡しないと。固定電話使えばいいじゃないか」
そして、蓮さんが番号を押したのだが、電子音が鳴らなかった。
「ん……?」
蓮さんは受話器を耳にあてたが、すぐに元に戻した。
「おかしい。何も音がしない……」
それから、辿ったのは電話線だ。
「颯太くん……これ見てみろ」
「嘘っ……?」
電話線は、ぷつりと切られていた。摩耗して切れたのではない。明らかに鋭利な刃物で切断された跡だ。
「蓮さん、その、まだ拓真さんがドッキリを仕掛けたっていう可能性があります。全員で確かめに行きませんか?」
「それもそうだな」
どうか、拓真さんの悪ふざけであってくれ。普段神様にも仏様にもすがらない俺だったが、この時ばかりは祈り続けていた。