06
コテージを出て、しばらく行くと、慰霊碑とビーチの分岐路に出た。道中のことは覚えていたので迷わずビーチの方へ。俺と綾音ちゃんは瑛太を間に挟んで歩いていた。
「そっか、瑛太くんはクラゲがダメなんだ」
「はい。でも、兄は水着持ってきてるんで、明日はお二人で海に行ってもらっても構わないですよ」
「うんうん、そうしよう! わたし、明日も泳ぐ気満々だし。ねっ、颯太くん!」
「うん!」
先を歩いていた亜里沙さんが、くるりと振り返って使い捨てカメラをかざした。
「はいはーい! 三人とも、笑ってー」
俺、瑛太、綾音ちゃん。シャッターを切られた。現像するまでわからないが、俺はさぞかし緩みきった顔をしていたことだろう。次は俺が亜里沙さんと優花さんを撮った。
それからさらに進むと、白い砂浜が見えてきた。静かな波の音。ふわりと香る潮の匂い。天は高く、海の向こうはきらめいていた。
「はいはーい! あたし、一番乗り!」
「待ってよ亜里沙!」
亜里沙さんが、木陰に使い捨てカメラを置いて駆け出した。それを優花さんが追う。
「わたしも!」
パーカーを脱いだ綾音ちゃんも走り出した。俺と瑛太は突っ立ったまま、女の子たちがはしゃいでいるのを見つめるのみだ。
ざぶざぶ、と海に入っていった亜里沙さん。あっという間に腰までつかり、追いかけてきた優花さんに水をかけていた。続く綾音ちゃんもその水をかぶり、負けじと水をかけ返した。
「……ここ、天国かな」
そんな声が漏れた。
「明日は天国の一員になれるよ。さっ、今日はボクの探検に付き合ってよね」
「おう!」
ビーチを後にした俺たちは、一旦コテージの近くまで戻った。裏手にさらに道が続いているのだ。コテージに入った時には気付かなかったが、裏手の道を歩くと小さな平屋が見えてきた。ここがスタジオなのだろう。
「瑛太、俺、拓真さんに声かけてくるよ」
「じゃあ行こうか」
平屋の窓にはカーテンがかかっていて、中の様子がわからなかった。ドアはのっぺりとした金属製。拓真さんが中にいるのを確信していたのでドアを開けた。
「拓真さん」
「おう、颯太くんと瑛太くんか」
拓真さんは、奥にあるスチールラックを整理していたみたいだった。スタジオ内は広く、いつも使っている貸しスタジオとは大違いだった。十人くらいは入れそうだ。
「すみません、色々お任せすることになっちゃって」
「いいって。おれはサークル長としてみんなに快適に過ごしてもらうことに専念したいんだ。二人とも、楽しめよ!」
「はい!」
手伝えることもなさそうだったので、それだけでスタジオを出た。スタジオからはさらに道が続いていた。砂利道を踏みしめていると、瑛太が声をあげた。
「そうにぃ、トカゲ!」
「えっ、どこ?」
瑛太の指した方向を見たが、それらしき生き物は見当たらなかった。
「わー、逃げちゃった。すっごく綺麗な色だったんだよ? 写真に撮りたかったぁ」
「まあ……使い捨てカメラだと、止まっているものしか撮れないだろうなぁ」
道はどんどん狭くなっていった。二人分の幅も取れなくなってきたので、俺が瑛太の前を歩いた。生え放題の草木の間を縫うようにして進む。辺りは蝉の大合唱で、自然の中にお邪魔している、というお客さん感覚になった。
急に石段が姿を現した。その先は曲がりくねっており、よく見えないが、高台へと続いているのだろう。俺は振り返って瑛太に尋ねた。
「どうする? この先、行ってみるか?」
「うん! ボク、まだまだ平気だよ!」
一歩一歩、慎重に石段を登っていった。ぽたりと汗が落ち、鼓動も高鳴ってきた。普段運動なんてしないので、けっこうキツいが、弟の手前カッコ悪いところは見せたくない。小言一つ言わずに頂上まで着いた。
「瑛太、見てみろ。コテージもビーチもよく見えるぞ」
「本当だ!」
木々に見え隠れする赤色の屋根。そのさらに向こうに開けた白い砂浜と青い海。ここからだと遠くて人がいるかどうかはわからなかったが、きっとあの三人がはしゃいでいるのだろう。
「瑛太、記念写真だ」
俺と瑛太は肩を寄せ合ってツーショットを撮った。それから、この高台から見える壮大な景色も。フィルムの残りが限られているから二枚にとどめた。
「そうにぃ、ボク疲れちゃった……」
俺は腕時計を見た。
「四時か。戻って夕食まで休もう」
同じ道を辿り、コテージに戻った。すると、ふんわりとしたカレーのいい匂いでリビングが包まれていた。蓮さんが声をかけてくれた。
「お帰り。冷たいものでも飲むか?」
「はい!」
それから美咲さんも一緒に四人でローテーブルを囲んで談笑した。ビーチに行った組が戻ってきたのは五時を過ぎてからだった。美咲さんが言った。
「あれ? 拓真は? スタジオの用事が終わったらビーチに行くって言ってたけど」
亜里沙さんが答えた。
「えっ? 来てないですよ。ずっとこの三人で遊んでました」
蓮さんが訝しげに言った。
「機材の調整なんかにそんなに時間かからないはずだけど……」
そして、六時になっても、拓真さんは戻ってこなかったのだ。