03
合宿を一週間後に控えた日のこと。俺は瑛太と一緒にショッピングモールに来ていた。必要な物の買い出しだ。しおりには、「必需品リスト」と「あれば楽しいリスト」なるものが存在し、それを参考にすることにした。
「まずは薬だな……」
港町までは電車で。そこから無人島へは船で行く。酔い止めがあった方がいいし、万が一に備えて風邪薬や鎮痛剤も必要だ。それから怪我した時のための絆創膏。それらは全て自前で用意しておくようにとしおりに書いてあった。
「そうにぃ、虫よけスプレーもあった方がよくない?」
「ああ、確かに!」
ドラッグストアを出た後は百円均一の店だ。荷物を小分けにするポーチや、歯ブラシ、それと三百円商品の腕時計を買った。しおりによると、船の中まではスマホ利用可。無人島に着いたら拓真さんにスマホを預けて、そこから二泊三日。腕時計は必需品だ。
「よし、こんなものでいいか……」
「次は何? そうにぃ」
「写真屋に行くぞ。ほら、使い捨てカメラってやつ」
当然、合宿中はスマホで写真を撮ることができない。その代わりにあれば楽しいのが使い捨てカメラだ。存在は知っていたが、写真屋に行くのも実物を手に取ったのも初めてだった。昔ながらのフィルムカメラで、現像するまでは何が写っているかわからないらしい。不便だが、それも楽しみの一つと捉えるのが今回の合宿だろう。俺と瑛太の分、二つ買った。
買い回りをしていたら昼になったので、俺たちはファミレスに入った。
「瑛太、何でも好きなもの食えよ」
「えっとね……せっかくだし限定メニューにしよう。夏野菜のパスタ」
「俺はミックスグリルかな」
ドリンクバーもつけて、兄弟二人、水入らずの昼食だ。待っている間、俺は使い捨てカメラの袋を開封した。カメラ本体に書かれた説明の通りに、まずはダイヤルを巻き上げる。それから、正面に座っている瑛太をファインダー越しに覗いた。
「試しに一枚な。笑ってー」
カシャン。シャッターを切ったという確かな手ごたえがあった。これはハマりそうだ。
「そうにぃったら、すっかり浮かれちゃって」
「去年の夏は夏期講習で塾に缶詰めだったからさ。今年からは楽しみたい。瑛太だって、来年は高校受験だしな……」
「ボク、そうにぃと同じとこに行くって決めてるから」
「ええ? もったいない。学校の成績、俺よりかなりいいって聞いてるぞ? もっと上を目指せよ」
「やだ。そうにぃと一緒がいいの」
瑛太は一度言い出したら聞かないところがある。両親もとっくに説得を諦めているだろうし、高校受験についてはこれ以上口を出さないことにした。
食事が運ばれてきて黙々と食べ、食後のコーヒーを飲みながら、俺たちは改めてしおりを確認した。
「あれ? そうにぃ、水着はいいの?」
「うん。だって、瑛太入れないだろ?」
瑛太が小学校低学年の頃だった。家族で海に行き、瑛太がクラゲに刺されたことがあったのだ。それからというもの、瑛太は学校のプールはまだ大丈夫だが、海はめっきりダメになってしまった。
「そうだけど……一応持っていけば? 僕だってもう中学二年生だよ。そうにぃが海に行ってる間は他のことしてるし」
「それは心配なんだよなぁ。まあ……買うだけ買うか」
水着といえば、綾音ちゃんである。一体どんな水着を着るのだろうか……。合宿でしか見ることのできない、綾音ちゃんの一面。華やかなものなのか、はたまたガーリーなものなのか。
「そうにぃって女子の水着に期待しちゃう方?」
「……顔に出てたか?」
「ボクはそうにぃの考えてることが大体わかるの。何年弟やってると思ってるのさ」
ここは兄のプライドを捨てて協力を申し出てみるか。
「その……綾音ちゃんっていう一年生の子がいるんだけどさ。その子には俺の情けない裏話とか絶対言うなよ。頼むから言うなよ」
「了解。自然な感じで持ち上げといてあげる」
「助かる!」
それから俺は、サークルの歓迎会の時に撮った写真を瑛太に見せた。俺と綾音ちゃんが隣の席になり、一緒に写すことができたのだ。
「へぇ……可愛いっていうより綺麗な感じだね。いかにもそうにぃの好み」
「性格もいいんだぞ。困ってそうな人にはすぐ声かけるし、話題も繋げてくれるしさ」
「じゃあ、合宿中に告白すれば? 早くしないと他の人に先越されるよ」
「それができたら苦労しないってば」
俺は瑛太に質問を向けた。
「それより瑛太は好きな子いないのか? 今年のバレンタインデーも凄かったけど」
「ああ、うん……興味ない。同年代の子ってみんな子供にしか見えなくて」
「瑛太も子供だろ?」
「そうだけどさ」
瑛太は毎年、山盛りのチョコレートを貰ってくる。お返しを買うのが大変だと母が嘆いていた。同じような顔の兄弟なのに、瑛太がよくモテるのは、中学生らしからぬ落ち着いた性格のおかげだろうか。俺と違って読書が趣味で、その年齢にしては語彙力が豊かなのもポイントが高いのかもしれない。
ファミレスを出て、俺は青い水着を買った。瑛太の様子を見て、他のメンバーに預けてもよさそうであれば、楽しませてもらうのもアリだろう。
こうして、しっかりと準備を整えた俺は、合宿の日を指折り数えて待った。
それが、俺の人生で最大の悲劇になるとも知らずに。