02
夏休み直前。ハーフノートの総会が学内の芝生広場で行われた。ボックスに全員は入り切らないから、月に一度の総会はここでする。拓真さんが前に立ち、夏休み中の注意事項を述べた。二十歳未満は飲酒喫煙厳禁。もしバレれば活動停止になる可能性があると念を押された。
「じゃあ、最後に! 合宿に参加する人は残って! しおり渡すから!」
当然、綾音ちゃんが残り、他に見えたのは亜里沙さんだった。
「亜里沙さんも行くんですね!」
「拓真さんにすすめられてねー。あたし暇があるとショート動画ばっかり見てるからさ。丁度いいと思って」
亜里沙さんは明るい茶髪を背中になびかせたギャルっぽい見た目の二年生だ。担当はドラム。俺は彼女に勧誘されてこのサークルに入った。それからというもの、姉貴分として世話を焼いてくれていた。俺は残ったメンバーの中に意外な人物がいることに気が付いた。
「……蓮さんもですか?」
「おう」
蓮さんも二年生。黒い長髪を低い位置で一つに束ねているのが特徴の男性だ。飲み会にはあまり顔を見せず、静かにギターの練習をしているのが常なので、正直言って合宿に興味があったのが不思議だった。そんな疑問が顔に出ていたのか、こんなことを言われた。
「オレは去年も参加したんだよ。自然は好きだし、ギター弾き放題だしな」
「ぜひ、よろしくお願いします!」
蓮さんとは今までそんなに話をしたことがない。このサークル内でギターが一番巧いと噂されているのがこの蓮さんだ。合宿がきっかけで俺のことをもっと知ってくれれば、バンドを組む、なんていう展開になるかもしれない。否が応でも期待した。
拓真さんが、ホッチキス留めの薄い冊子を配り始めた。
「これがしおりな! きちんと読んでおけよ。特に、緊急連絡先のコテージの固定電話の番号は、親御さんに伝えておくこと!」
綾音ちゃんに声をかけようとしたが、彼女はしおりを受け取るとすぐに立ち去ってしまった。用事でもあるのだろうか。その代わりに俺に声をかけてくれたのは亜里沙さんだった。
「ねえ、颯太くん。この後時間ある? カフェでも寄っていかない?」
「いいっすよ」
学内にはいくつかカフェがあるが、この芝生広場から近いのは法学部のカフェだ。俺と亜里沙さんはそこに入り、アイスコーヒーを注文して席に着いた。
「亜里沙さんも参加だと心強いです。あと、蓮さんも。たくさん話せるといいな……」
「まあ、蓮くんも颯太くんのことは気にかけてるからね。いい声の一年生が入ってきた、って褒めてたよ?」
「……本当ですか!」
俺はボーカルといってもきちんとしたトレーニングを受けているわけではない。一人カラオケに行く回数が多いくらいだ。先輩たちに比べればまだまだ下手な方だと思っていたので、蓮さんに声を褒められたというのはまた一つ俺の自信になった。
「で、蓮くんはいいんだよ。それより綾音ちゃんでしょ? あの子が目当てだって、お姉さんきちんと気付いてるぞ」
「……うっ」
さすが亜里沙さん。彼女いない歴イコール年齢、経験値ゼロの俺のことなどお見通しのようだ。
「綾音ちゃんに彼氏がいないっていうのは調査済みでーす。もっとグイグイいけば? 颯太くんって顔も悪くないし清潔感もあるんだしさ」
「でも……振られたら気まずくないですか? もし綾音ちゃんがサークルに来なくなったらって思うと」
「あの子ならその辺は大丈夫でしょ。今まで通りにしてくれるって。玉砕したらお姉さんが慰めてあげる!」
「その時は頼みますよ……」
俺はしおりを開いた。まずは参加メンバーの一覧が載っていた。
倉田拓真
佐伯美咲
七尾蓮
夏川亜里沙
森本優花
堂島颯太
堂島瑛太
氷室綾音
俺が知らない名前もある。同行者なのだろう。
「優花、っていうのがあたしの高校の同級生。看護学校通ってるんだ」
「へえ……拓真さんの下の方はもしかして」
「そっ! 美咲さんっていうのは彼女だよ」
「やっぱり!」
拓真さんが同じ大学の学部違いの三年生と付き合っているというのは小耳に挟んだことがあった。合宿で会えるのか。俺は言った。
「八人、って案外少ないですね」
「上級生は禁酒なのが嫌みたいだよ。まあ、禁煙ではないから助かった!」
俺の知る限り、拓真さん、蓮さん、亜里沙さんが喫煙者だ。蓮さんと亜里沙さんは一浪しているので、まだ二年生だが二十歳をこえていた。亜里沙さんが景気のいい声をかけてきた。
「それで? 颯太くんの合宿での目標は? はい!」
「みんなと……仲良くなること……」
「特に?」
「綾音ちゃん……」
「お姉さんが全力でアシストしてあげるから、告白までいっちゃいなよー!」
「が、頑張ります!」
そうはいっても、綾音ちゃんとは出会ってまだ数ヶ月。亜里沙さんには悪いが、合宿中に告白なんてたどり着けるはずがない。せめて、綾音ちゃんの心の隅に俺のことを置いてもらって、クリスマスに遊びに行けたら……なんて。そんなことを夢想するのであった。