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着替えを持って瑛太と脱衣場に行った。次に蓮さんが入ることを考えると、モタモタするわけにはいかない。手早く服を脱いだ。シャンプーやボディソープは備え付けの物があるとしおりにあったので知っていた。浴槽のない、本当にシャワーだけの狭い一室。身体を洗いながら、瑛太が語り始めた。
「そうにぃ、これは紛れもないクローズド・サークルだ」
「何それ?」
「推理ものの用語。閉じ込められた空間で起こる事件のことを指すね。アガサ・クリスティや綾辻行人が有名。小説、映画、ゲームでも扱われる、推理ものの王道シチュエーションだよ」
「……すまん、そっちの知識はからっきしだ」
「外の世界と連絡が取れない、っていうのは場合によりけりだけど……今のボクたちはそれにあたる」
「うん。俺たちは推理もののフィクションと同じような事件に巻き込まれたことだけはわかった」
瑛太は読書が趣味だ。こういう知識を持っているのは当然といえよう。
「今の時点では、犯人は絞り込めない。外部犯、内部犯、その全てが考えられる」
「俺としては、外部犯であることを信じたいけどな。拓真さんを内部の人間が殺したなんて考えたくない」
「ボクは、良くも悪くも部外者だから……そうにぃよりは一歩引いた目線で物事を考えられる。それでね、そうにぃ。ボクが一番おそれているのは何だと思う?」
「……これからも殺人が起こること?」
「半分正確。こわいのは、ボクとそうにぃ以外の全員が共犯だっていうことだよ」
熱いシャワーを浴びているはずなのに、背筋がぞくりとした。
「だからそうにぃ、今夜は寝ないで。ボクも寝たフリをして起きてる。メンバーから、情報を引き出すんだ」
「そんなこと、俺にできるかな……」
「できるよ。そうにぃはそれだけの勇気がある人だって弟として思ってる」
俺はシャンプーを瑛太につけて、髪を洗ってやった。こういうスキンシップが少しでも荒れた心を癒やしてくれた。
「それとね、そうにぃ。今回の事件はいくつか引っかかる点がある。完全犯罪を目指すなら、そうにぃならどうする?」
「凶器を隠して、痕跡を残さないようにすることだな」
「それもそうだけど、少し違う。死体自体が発見されなければ、事件にはならない。だからねそうにぃ、犯人は、この無人島で事件があった、そのこと自体を目的にしたんじゃないかと思ったんだ」
すぐには瑛太の言っている意味が理解できなかった。だから俺はシミュレーションした。俺が犯人なら、どうするか。
「本当に事件を隠したいなら……慰霊碑の前、なんて分かりやすいところじゃなくて、海に突き落とすとか、そういうことするかも」
「でしょう? さらに考えてみて。この事件が明るみになった後、サークルはどうなると思う?」
「飲酒喫煙なんかより、よっぽど大きな事件だ。活動停止を言い渡されるかもな……」
「犯人の狙いはそれかもしれない。サークルの崩壊が目的だとしたら?」
俺は語気を強めた。
「そんなこと考えてる人なんて、このメンバーにはいない!」
「本当にそう? それはそうにぃの願望だ。心の奥底では何を考えているかわからないよ。だから探ってみて。みんなの本音を」
お互いシャンプーとボディソープを流して、バスタオルで身体をよく拭いた。リビングに行くと、既に毛布や枕を女の子たちが持ち込んでいた。綾音ちゃんが言った。
「美咲さんと瑛太くんは、ソファの上にいてもらおうと思うの。他のみんなは、硬いけど床に雑魚寝ね。それでいい?」
「もちろん。今……何時だろう」
リビングの壁掛け時計を見ると、夜の十一時だった。俺の当番は零時から三時。追加でコーヒーを飲んだ。
蓮さんもシャワーを浴び終わり、七人が集結した。電気は消さない。まずは俺と綾音ちゃんが見張りだ。
「……大変なことになっちゃったね」
伏し目がちに綾音ちゃんが呟いた。
「そうだね。昼間まで、普通に話してた先輩が……やり切れないよ」
「わたしね、みんなを疑うのはやめた方がいいと思うの。明後日には船が来る。それからは警察に任せよう?」
「うん、それがいいと思う」
しかし、俺は瑛太に頼まれた。本音を探ってくれと。ごく自然に思えるように、俺は拓真さんについて話し始めた。
「拓真さん、本当にいい人だったよな。全体のことを気にかけてた。このサークルになくてはならない人だった」
「だよね。わたし、拓真さんにいっぱい褒めてもらった。キーボードとしての自信がついた。一人っ子のわたしにとっては、お兄ちゃんみたいな人だったよ」
それは俺も同感だ。サークル長としてイベントを仕切るだけでなく、それぞれのスキルを伸ばすようなアドバイスをしてくれた。俺のボーカルにしたって、筋トレをしてインナーマッスルを鍛えろと言ってくれたのは拓真さんだった。
「颯太くん、何とかこの場を乗り切ろう。残ったメンバーだけでも無事に家に帰ろう。瑛太くんが色々と推理してるみたいだけど……無茶はさせないで」
「わかってる。拓真さんは残念だったけど、これ以上被害を出すわけにはいかない」
それから、俺と綾音ちゃんは黙りこくってしまった。途中、綾音ちゃんが紅茶を持ってきてくれたので、それに口をつけて長い時間を過ごした。