10
シャワーにはまず美咲さんが入った。他の女性たちは各部屋に行って準備だ。その間、残った男どもでゆっくりしようか、と言いかけた時、瑛太がぎょっとすることを言った。
「拓真さんの死体、今の隙に調べない? 何かわかるかも」
驚いたことに、蓮さんが同調した。
「そうだな。犯人の手がかりがあるかもしれない」
「そうですか……」
実は俺も気になっていた。美咲さんには悪いが、今が絶好のタイミングだ。俺たち三人は拓真さんと美咲さんの部屋に行き、シーツをはがした。
拓真さんの格好は、白いTシャツにゆるめのデニムだ。足元は茶色のサンダル。いつもラフな格好をしている人だし、ここはリゾート地だし、特に不審に思わない。
改めて傷を確認した。素人目だが、やはり刃物で刺されたように思えた。数えてみると、五カ所。背後をとられ、一気にやられたのだろう。
瑛太がまるでマネキンを動かすかのように、しれっとデニムのポケットに手を入れた。
「こっちは……タバコとライター」
右の前ポケットから、青い箱のタバコと白い安物のライターが出てきた。
「後ろは……」
鍵だった。タグがついており、「スタジオ」と書かれていた。
「蓮さん、これはどうしましょう?」
「元々は靴箱の上にあったのをオレ見たよ。後でそこに戻しておこう」
ここで終わりかと思いきや、瑛太がデニムのボタンを外そうとするので肝が冷えた。
「いや、瑛太、さすがにそこまでは」
「ちゃんと調べないと気が済まない」
結局、瑛太はデニムを膝までおろした。拓真さんがはいていたのは、下着ではなく、オレンジ色の派手な水着だった。蓮さんが言った。
「泳ぐ気満々だったんだろうな。特に不思議じゃない」
さらに、瑛太が水着のポケットに手を突っ込んだ。
「ん……? 何これ……」
瑛太の小さな手のひらにちょこんと乗ったのは……未開封のコンドームだった。
「わー! 瑛太にはまだ早い!」
「ああ、アレかぁ! 早くないよ。もうボク中学二年生なんだから。避妊したい男女が使う物でしょ?」
蓮さんが至極真面目な声色で言った。
「病気の感染予防にもなる。男同士でも使うぞ」
「男同士……? どうやって?」
「蓮さん! 余計なこと吹き込まないでください!」
「いや、いつかは知ることだし」
「後で兄の俺が責任を持って教えます!」
とんでもない物が出てきてしまった。いや、彼女の美咲さんと来たのだからおかしくはないのか……? しかし、俺と瑛太の部屋は彼らの隣である。仮に拓真さんが生きていて、夜に「そういうこと」に及ばれるのはいたたまれない気がした。
長時間ここにはいられない。元通りシーツをかけて、三人でリビングに戻った。蓮さんが言った。
「コーヒーメーカー見つけたんだ。温かいもので一旦落ち着こう。瑛太くんは飲める?」
「はい、大丈夫です」
「よし、作るよ」
綾音ちゃんが部屋から出てきて不安そうな顔をした。
「ねえ、さっき拓真さんの部屋に行ってたの……?」
「うん。美咲さんには内緒ね。刺し傷だっていうことは間違いなさそう」
コンドームが出てきたことは、さすがに言えなかった。
「次はわたしなの。遅くなると悪いから、早めに出てくるね」
「いいって、ゆっくりしなよ。疲れてるだろうし」
「ありがとう。颯太くんは優しいね」
好きな人からの褒め言葉。それは、何より嬉しいもののはずなのに、今の状況ではまるで喜べなかった。
こんな事態になったのだ。綾音ちゃんに告白どころの話ではない。警察と連絡がとれて、犯人が逮捕されて。それからこの事件のほとぼりが冷めるまで、到底無理だろう。
蓮さんに淹れてもらったコーヒーを飲み、今後の身の振り方について考えていると、瑛太がこんなことを聞いてきた。
「ねえ、男同士ってどうするの?」
「……今それ聞く?」
「だって気になるんだもん」
俺だってネットでの知識しかないわけだが、瑛太に耳打ちしてさっと説明を済ませた。
「それって挿れられてる方は気持ちいいの……?」
「俺もよく知らないよ! この話は終わり!」
俺たち兄弟が騒いでいるのを、蓮さんが目を細めて見ていた。
「ありがとう。こんな状況だけど、瑛太くんの存在のおかげで少し和むよ。それに、瑛太くんは度胸がある。思ったことを直接口に出してしまうところは、もう少し気を遣った方がいいけどな」
「すみません、蓮さん。俺からもよく言っておきます」
話は島のことになった。蓮さんが言った。
「オレは去年も来たから知ってるが、この島で雨風をしのげる場所はコテージとスタジオしかない。コテージは今のところ安全だ。となると、スタジオには行かない方がいいかもな」
「確かに……俺と瑛太が回った時も、建物はありませんでした。けど、スタジオには鍵がかかっていましたし、鍵は拓真さんが持ってましたし」
瑛太が反論してきた。
「鍵が一つとは限らないよ。犯人が出入りしている可能性はある」
「でも瑛太、外部犯の可能性は低いって」
「ボクは全ての可能性を考えてるだけ。外部犯、っていうのも捨てきってはいないんだ」
話し込んでいるうちに、女性たちのシャワーは終わり、俺と瑛太の番になった。