二学期 9月 その1 秋の夜長は音楽と映画
未成年の飲酒・喫煙表現がございますが、それを推奨するものではありません。
二学期 9月1日(火)
落ち着いているのに、いや落ち着いているから色々な事に注意が向く。
ちらっと我が腕を見ると、おやまあ、いつのまに増えたのかずいぶんお毛々が生えている。自他ともに認める体毛薄い男であったのに、これからはよう言えん。
ラジオもカセットデッキも消したら、最近には感じた事のない静寂が、部屋の中にモワンと広まった。いかに煩い生活をしていたのか分かってしまった。この『しまった』という表現はフィーリングで書いているわけではなく、ちゅわあんと理由がある。
つまり、この『しまった』には怖れと後悔と決意とが込められているのである。前者二つは過去へ、後者の一つは未来へ。それぞれへ向かって言っているのだ。
本日は始業式。野郎ばっかし集めた体育館は暑いの上にオツージがつき(何故トイレにいきたくなるのか)、校長の話は受けとってそのまま捨てるビラのよう。
我が校を去るプラちゃん先生の別れの演説には「ちゅでい」も「みぃなさん」も入っておらず、日本擦れしてしまったのか、初々しさはもう消え去り、ありきたりで率直だった。
級友秀司の話は相変わらず女とロックである。
Deep Purple(イングランド出身ハードロックバンド)、
Rainbow(DP元ギタリスト、リッチー・ブラクモアのバンド)、
White snake(DP元ボーカリスト、ディビット・カヴァデールのバンド)。
名前 only の知識しかないボクにとって、差障りのない程度に相づちを打っておくしかない会話となった。
級友今北はボクの言ったとおりとなったと、ニヤニヤしていた。疎遠だった彼女に振られたそうだ。振られるなら振った方が良いと一方的に思う。
長妹は塾での成績が良かったので、普段は cool なくせに喜びを隠しきれずにいた。おかげで、いつも入れてもらっているコーヒーをお菓子付きで、朗らかに部屋に持ってきてくれた。milk 過剰だったけど。
次妹に『ルパン三世カリオストロの城』の映画本を見せた。脇で見ていたら、彼女は絵本と同じ目つきでページを捲っていた。それを見て、僕はとおっっても悲しかった。作品の素晴らしさは映画本だけでは伝わらない。
なぜか知らんが庭の草刈をするはめになって、腹が減った。
夕食の時間が早くて走れなかった。なのにストレスが溜まってこないのは何故だろう。
秀司にしろ飯山にしろ、ロックについちゃ相当の知識を有している。スバラシイ。
ボクは自分の不勉強さを嘆き悲しみ、決意も出来ないでいる自分を発見して、さらに落ち込みそうな気になっている。彼らにもっと近づき、共に音楽部に籍をおきたいけど、ついていけるか? 体力、知識、ノリにも。
チラッと中学同窓会の話を聞いた。不思議と胸躍る気分にはならなかった。
尾地が言い出したそうで、出しゃばって恥ずかしげもなく……、と思ってしまう。どうせ僕も準備に巻き込まれるのだろう。しかしそこから判断すると、やはり皆さんは呑気なもので、誰かがそのうちやるだろうと、安易な根性でいる事が分かる。
現代の若者の特徴かね、こりゃ。
国語の課題。次の創作文はどうしょうか。今ならどんどん書けるような気もするんだけど、前回の練習以来、文に格好つけさせる事を覚えちゃったから、行き詰まるんだよね。
でもなぜか焦りはない。のんべんだらりの生活をしていたから、いつまで経っても緊張しないのかな。
我が柴犬メイコはスイカを食った。タネの方を好んだ。そりゃそうだよ。あれだけ丈夫な歯を持ってりゃ歯ごたえのある方がすきだろう。
級友達。
新はいつもカッコよく、
篠田は真っ黒で逞しい。
ヨコの眼つきはきつくなり、
内田はスケベになったそうだ。
そして何の進歩もみられない、くだらないだけの男がここにいる。
何が楽しいということもなく、ダラダラ終る日々。ボクの活力はどこへやら。
cool に決めるには格好悪い。鏡に問いかけるナルシストは今夜もまたセンチになっている。
秋はまだ遠そうだというのに。
9月3日(木)
飯山が突っつくので振り返ると、トランクス一丁の男の子(俺)を右端においた白黒写真。写真部の彼が現像したそうだ。一瞬見た時「どこ?」と聞いてしまったが、バッカみたい。合宿所に決まってんじゃん。
「五十円」と言って買うか否かを聞くあたり、金に困っているように思えた。高校の級友達との写真は持って無いので買った。腹のたるみがちと気に掛る。
今日は良くがんばった。七時限目が終った時、ちょっとした充実感があったぐらいだけど、今までに比べたらエライ進歩である。
何の話かというと睡魔との戦いで。
怠けているのか、体力が無いのか。授業中にうつ伏せして寝込むと、この後の数学・英語が、脳が鈍って苦しいと考えたからである。果して結果は良かった。明日も元気に実行しよう。
飯山と薄川の会話から、酒盛の話が聞こえてきて割り込んだ。
帰ってから考えてみると、実に楽しそうだ。場所さえあれば何とかなる。少し真剣に話したくなった。
今日の午前中は明日の講演会をトンズラする計画ばかり練ってすごしていたのに、篠山先生のヤロー
「二、三年生だけでした」
だと。僕にとって冒険の一つだったのに、出来んようになってしもた。
9月8日(火) cloudy & rain
あれだけの努力をしたのに数学が居残り決定とは……。涙が出る。
しかし、あれ程懸命になれたのなら、その力が別の事にも発揮出来ても良さそうなものだが。
『雨にぬれても』いいネ。
『卒業』『エデンの東』『太陽がいっぱい』『明日に向かって撃て』『小さな恋のメロディ』『ある愛の歌』
こういった一連の名作映画を一つも見た事が無い。
年代にいくらか違いもあるが、見ねばならないと思うのだが、東京に住んでいるのならいざ知らず、田舎では映画鑑賞もままならぬ。
文化面において東京は天国である。
「コーヒーと煙草は背が止まる」
とドキリとするような事を秀司が言った。たばこはともかく、毎日大きなカップに五杯では……。でも、インスタントなら……、いや、やはり影響あるのでは。勉強中の唯一の楽しみのコーヒーも飲めなくなったら泣けちゃうよ。
走ってストレス解消できるのは本当のようだ。雨で走れなかったらイライラが増してきた。
どうして勉強ばかり気に掛るのだろう。何をしている時にも常に胸がすっきりしない。解決法は今のところ無い。候補はあるけどね。
何かと、カセットテープは重宝なもので、人間は何かとムードに弱い。よって小型カセットデッキが欲しい。近所の家具店に五千円位でないかしら。
我ながら口笛が上手くなったなぁと、ひそかに得意になっていたが、『雨にぬれても』の曲に乗せてみると、高過ぎたり低過ぎたり長かったり短かかったり。
「Oh Sweet !」
一人心の中で赤面した。
21時になってもまだ勉強に入れない。いけーん!
9月18日(金)
数学のノートを見返してみて、ノートと呼べる代物ではない事が分かった。
中学時代を思い出しては怒っている。オレもしつこい。でも教師達と面と向かって対決すべきだった。
特に数学教師ガンジーは許せん。他の教師も気に喰わなかったが、ガンジーの事を思うだけでムシズが走る。
その影響で、今も数学への嫌悪感が酷い。
武田鉄也氏の言う事はいちいち素適だ。
スカボローフェアもいいネ。アート・ガーファンクルも買おうか。




