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9. Rise and shine, sweetheart!

「キヨカ、朝よ。起きて」


 同室のノーフレアーリは太陽も昇りきらぬうちに新米神官に声かけをして起こす。まだ寝ぼけながら、のっそりと起きがった。


「ふぁい……おはようフレア」


 おはよう、と答えながら体の線を出さない簡略の礼服に着替える。


「本来なら民からのお祈りを聴く時間なのだけれど、女神の力がないので聞こえません。キヨカの勉強に充ててよいと言われてるから、聖典を読みましょう」


 二人部屋をあてがわれたので朝から晩までつきっきり。

 女神であったノーフレアーリは、気さくに話せるキヨカといられるのが楽しく、姉妹のように接している。

 「ネット小説にあるように迫害とかされなくてよかった」と言ったキヨカのおおらかさというより彼女自身への頓着のなさにノーフレアーリは心配になる。

 ほんのぎりぎりで保っていたけれど、体と魂がちぎれかけていたのよ、と言いたいところをノーフレアーリは飲み込んだ。せっかく許してくれた彼女へ苦痛を思い出させるようなことをしてはいけない。


 エフェルヘブエフと引き離されてできた心の隙間に、キヨカは居心地よく居座ってくれている。

 寂しいとは言ってられない。仕事もある。


 下級神官に身分が落ちたとはいえ、女神の日課を行うことは求められた。なにがきっかけで力を取り戻すかわからないし、キヨカに発現したときでも引き継ぎの負担を軽減するように、と二人は時間をともにした。


 しかし外へ毎日のように姿を見せていた女神は不在だ。民衆は不安がる。外部には次世代の女神を育てるための(みそぎ)の時間だと説明しているらしい。


 見習い神官によって届けられた食事を受け取る。本来なら食堂に出向かねばならないが、事情を極力秘匿するために様々なことが特別扱いとされていた。



「食事のあとは聖域(ハロウド・テライン)へ行くように指示されているわ」


 朝食とともに届けられたメッセージカードを差し出した。


「どこ?」


「わたくしとキヨカが初めて出会った場所よ。女神とその護衛の上級神官しか踏み込めない場所なの」


 控えめなノックがして、振り返る。キヨカが扉を開けた。


「聖域へのご案内を申しつかりました、カノープスです。

 本日よりお二人の護衛を務めます」


 さわやかな青でまとめた長衣と揃いの袴を着た青年はへらりと笑った。


「ノーフレアーリさまには、再び俺がお側にいることをお許しいただければ幸いです」


 言葉遣いはきちんとしているのに、いかがわしいのはなぜだろう。

 二人の間に緊迫したものが走る。知り合いではあるが、親しくはない。


「……どうも。わたくしたちは下級神官扱いですのに、上級神官の護衛ですか」


 護衛、も間違いではないが見張りなのだろうと推測したノーフレアーリの表情は硬い。


「はい。元とはいえ女神さまと、女神さまになられるかもしれない方ですから」


「まぁまぁ、いいじゃんフレア。カノープスさん、よろしくお願いします。キヨカです」


「ケオカさま?」


「キ、ヨ、カです」


「失礼しました。ではノーフレアーリさま、キョカさま」


 イントネーションが『キ』にかかるか『ヨ』でかかるかで発音が変わってくる。ノーフレアーリ以外は誰もキヨカの名前を正しく発音できなかった。


「キヨ、カなので言えなかったらキヨでいいです」


「申し訳ございません。キヨさま、ですね」


 彼はにこにこしながら二人の背後についてくる。

 聖域の手前で立ち止まった。


「護衛をするなら扉の外でお願いします。ここから先は誰もおりませんし、キヨカにしか伝えたくないこともあります」


 元女神の拒絶に、微笑むカノープスの両手が降参を告げた。


「おおせのままに」


 聖域への扉をくぐってノーフレアーリはやっと気を抜く。


「フレア、なにかあるの? あの人嫌い?」


「好きでも嫌いでもないわ。けれど……『自分は怪しいですよ』、というのを前面に出しているのは故意かしら」


 アクエンアテン、エフェルヘブエフの両名と出会う前、それまでの女神付きがカノープスだった。その間四年。仕事ぶりに文句はなかったが、どこか裏のある笑顔をしていて、気が休まらなかった。女神でいるうちは流せたが、人間に戻ったことで俗らしい感覚も強まったように思える。

 奇異な笑顔を向けられるくらいなら、無愛想にされるほうが楽だ。


 聖域の中は、蕩々とした自然を誇る。草木が生え花が咲き湧き水が流れた。これでいて外から見ると壁に仕切られた建物の一部だというのだから、異世界は奇妙奇天烈だ。上にある空は透き通る青色でとても天井に見えない。


「ここが、キヨカが出てきた場所ですよ」


 紙を折って作られた(ぬさ)の垂れる湧き水を指す。大きさは鏡台ほどあった。


「このお水から? そういえば、わたし水たまりを見下ろしてフレアに会ったんだった」


「そうよ。こうして……キヨカもやってみて」


 腰を下ろしながら指を浸けると水面が揺れる。キヨカの手を覆うように、上からノーフレアーリの手を被せる。


 瞬間、ぶわりと膨らむなにかが身の内に生まれた。

 まぶしい金色の目がそこにある。驚きに満ちて、キヨカを見つめる。お互いが神力(しんりき)によって輝いていた。

 手を離すと、輝きは収束してふたりは人の姿に戻る。


「これは……」


 女神の力が復活した。ノーフレアーリとキヨカの中に眠っていたのか。


「わたし、アテン呼んでくるね! 待ってて」


 ぴょんと跳ねるように立ち上がる。

 扉の前に控えていたカノープスに捕まりそうになったが、「フレアがまだ中にいるの!」と言うと彼は残したノーフレアーリ、元女神さまのほうが放っておけないようだった。

 


Rise and shine, sweetheart!

(朝よ、起きなさい!)

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