23. I could go back, though…
襲撃から四時間ほどして、エフェルヘブエフはみんなを集めた。とはいっても、アテンは自室で休んでいる。
「エフェルさん、もう大丈夫なんですか……?」
「キヨさまにはご心労をおかけしました。万全にお守りできず申し訳ありません。僕が空拳にも優れていればと悔やまれます」
本来エフェルヘブエフは頭脳労働派だった。徒手を習い剣も扱えるが、歴代の名を馳せた上級神官ほどではない。
「えぇぇ。あの人数相手にめちゃくちゃ動いてたじゃないですか……」
刃物が体に刺さった状態で多勢を封じることができたのは火事場の馬鹿力どころではなく、彼が武闘の道でも非凡だからだろう。
称賛を彼は否定する。
「それはそうと、気づいたことがあったので早くお知らせしたかったんです。キヨさまも、緑廊に現れた陣はご覧になりましたよね」
急に浮かび上がった金の陣の上に立っていたのは覚えている、とキヨカは答えた。
「あれは女神さまの力を強制的に奪い取る陣だと思われます。昔の文献の中に一致するものがありました」
「神の御力を奪う? そんなことが可能なのか」
エフェルヘブエフはカノープスに頷く。彼が書庫にこもりきりで古文書を清書している際に手に入れた知識だ。
「実は過去にも女神さまが他に力の一部を分け与えた記録があった。女神さまは一で全。完全無欠なる存在であり、能力を奪取されることはない。けれど、力を二分して不完全な人間となってからならできなくはないそうです」
ほうぼうから声ならぬ反応が返ってくる。
「確かかよ」
「書肆にも出回らない禁書の知識です。カビの生えたお伽話かと思ってましたが、あの陣が発動したということは、実用性があるということでしょう」
小さく「僕の読書趣味も役に立ったかな」と自嘲する。
女神の力を外部の操作でキヨカに完全に移すことができる、と言外に含んでいた。
「キヨさま。どうかアクエンアテンと話してやってください」
憂いのエフェルヘブエフに「もちろん」と返した。
エフェルヘブエフを助けようとするノーフレアーリを見てからというもの、二人の幸せを願わずにはいられない。
ノーフレアーリを人間に戻す。キヨカは力を受け継ぐ。女神となって恋人たちを新天地へ送り出したい。
キヨカは心を改めた。
病床から上がったエフェルヘブエフはさらに調べると言って書庫に入ったきり。キヨカは普段通りノーフレアーリと女神業に勤しんでいる。
午前のお勤めを終えて昼食を摂りながら、ノーフレアーリは尋ねた。
「アルキヘイラの世界のことをどう考えていますか」
地球にも争いはある。アルキヘイラにも平和がある。人が生きて花が咲いて季節はまわる。
「地球と似てるとこもあるけど、一番の違いは見える形で女神さまがいるってところ。ここはわたしを選んでくれた世界。守るべきもの、かな」
「あなたには地球での平和な日常に戻る権利があるわ」
キヨカは黙った。彼女をこの世界へ引きずりこんだ張本人は何が言いたいのだろう。
「一度、キヨカは地球に戻るべきだと思います」
「どうして。わたし、アルキヘイラで女神になるって決めたのに」
「でしたらなおさら里帰りして、必要な方々にお別れを告げてらっしゃい。ね?」
女神の体のまま異世界へ渡ることは禁じられている。あまりに強大な力が邪魔をしてしまうから。
「女神は別の世界を覗くことはできても、そちらへ渡ることはできないわ。こちらとあちらの世界の力の均衡を崩してしまいます。女神がこの世界を去れば荒廃し人も動物も自然も絶えてしまう。渡った先の世界も理の相容れない力で破壊し尽くすの」
「つまり半分女神のわたしは地球に帰れないんでしょ? なのにどうして里帰りなんて話が出るの?」
「人間に戻ればよろしいのです。わたくしに力を返してくれればキヨカを地球に戻すわ」
外で雨に濡れるならば傘を差せばいい、と言うのと同じ調子でノーフレアーリは口にした。
キヨカが声を出すのにたっぷり十秒はかかった。
「でも、……いいの?」
力を彼女に返す、という発想はなかった。もともとがキヨカを次代の女神に選び、代替わりをしたノーフレアーリは新しい人生を歩むものと決まっていたから。キヨカが地球に戻ることはないと思っていた。
人間に戻りたがっていたノーフレアーリは顔を綻ばせる。
「いいのよ。それに、キヨカと力を分けていてはまたどこかから狙われてしまうかもしれないわ。ひとつにまとめていたほうが安全だもの」
「そう……うん、そうだね。わたしがアルキヘイラに帰ってきたら、力をもらえばいいだけだもんね」
「そうよ。ただ、安全に力を譲渡するために、前準備が要るみたいなの。エフェルが準備を終えるまで待っていてくれるかしら?」
「うん。じゃあわたし、アテンに会ってくるね」
包帯が取れないままエフェルヘブエフは病床を飛び出したが、アテンはいまだ静養中。祝の術を使いすぎて回復に時間がかかっていた。医師からはこれまでの疲れが一気にきたのだろうと見立てられている。確かにアテンが休暇らしい休暇を取った姿を見たことがない。
I could go back, though…
(戻ることもできるけれど。)




