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2. Her justification.

 女神が召喚した少女に力を渡す場面から一夜が明けた。

 陽光を集めたような髪(ゴールデン・ブロンド)をしていた女神は、一般にいる女と遜色ない茶髪に近い色合いが変化している。瞳の色も暗い。隣に立つエフェルヘブエフとお似合いと言えばお似合いの姿だった。


 一晩経って体力を回復したアクエンアテンは、詳しい情報を聞き出すために当事者を集めた。いまだ意識の戻らない少女を除いて。



「説明を求めます。引き継ぎをするのなら評議員会に話を通しておくべきでしたでしょう」


 この世界の要で唯一神である女神の生活管理や神殿のあらゆる取り決めを下すのは七名の評議員から構成される評議員会だ。彼らの命令でアクエンアテンとエフェルヘブエフは女神の護衛兼付き人をしていた。

 身を包んでいた金の光を、御力ごと失った女はじっと座っている。


「相談したとして何十年、わたくしに待てと言うのですか」


「それは、すぐすぐとは申せませんが、十年単位とまでは」


 冷たい回答に女神の唇がすぼむ。己の知る女神はこんなにも感情的だっただろうか、とアクエンアテンを驚かせてしまっている。

 悠久を過ごすうちに心が乾ききったとは言わないが、自分でももっと冷静であったように思う。


「フレアさま」


 エフェルヘブエフが愛称で呼ぶ。

 すっと顔を伏せる。愛称で呼ぶことを許したのは家族以外では二人目だった。女神の恋は初めてではない。二百年前にも愛し愛された記憶がある。


「一度目は待ちました」


 恋に落ちた男はまだ若かった。女神は永久に等しい命を持っている。焦る必要はないと、女神に仕える(はふり)をまとめる評議員会に待ったをかけられて従順にした。次世代の女神にふさわしい少女を探すから、との虚言を信じて。理由はもっともだし、恋心は五年十年で消え去らない。夫婦になれることを待ちつつ、恋人たちは女神と神官として毎日を大切に生きていた。彼が三十代半ばで病に倒れるまでは。


 彼の葬式だけは立派にしてもらえたが、何食わぬ顔で二人の真剣な恋をなかったことにされ、女神は自分が女神であることすらも疑問に思いはじめた。


 何のために世界を守っているのか、と。


 もしや評議員たちは恋人が早いうちに死ぬことを予測していて、見殺しにしたのではないか、だとか。こんな気持ちで世界を平和に導くことなどできないと葛藤もした。


 彼が病を得たのは純粋な不幸だった。結婚という形はとれずとも、彼は最後まで愛してくれていた。

 永別の悲しみを長い時の流れで慰め、やっと立ち直ったときにまた特別に出会ってしまった。女神は恋心に嘘はつけず、エフェルヘブエフを愛していまに至る。


「評議員会を信じたわたくしが愚かでした。彼らに次の女神を選ばせるくらいなら、わたくしが自分で探したほうがはるかに効率的です。実行してみて正しかったと言えます」


 異世界まで捜索の手を伸ばすことになるとは思わなかったが、どこそこに散らばる別世界を覗くのは女神にすれば難しいことではない。

 それで新世界を恐れず、女神になりたいと願う存在を引き当てた。


 引き継ぎが終われば、全貌を明らかにして評議員たちの態度を根本から改善させ、もう二度と同じ思いをする女神が次世代から出ないように訴える企みがあった。


 当時の評議員たちとは顔触れもごっそり入れ替わっているが、神殿の運営方針が二百年前と変わらなければ、女神の幸せへの可能性はカミソリ刃よりも薄い。


「わたくしは人間に戻りたい。今度こそ愛した人と……エフェルと同じ時を歩んでいきたいのです」


 じっと聞いてくれていたアクエンアテンの表情は晴れない。


「女神さまの信頼を勝ち得ることができなかったのは、評議員会はじめ我々の失態です。けれども、一言いただきたかった」


 評議員会は神殿の運営のために存在するが、上級神官は女神のために生きる。女神を崇拝し奉り、護りながら世話を務める。


 直近の女神の引き継ぎは六百年前、限りある寿命を持つ人間であるアクエンアテンの世代からすればもはや伝説の域。当時の古文書も無事に読める状態で残っているか怪しい。女神も細かい儀式までは覚えていない、というより仰々しい形式は要らないとのこと。様式に(のっと)るのが好きなのは評議員会だけ。

 威厳を保ち飾り立てたいだけだから、だそう。


 評議員たちの前で針の(むしろ)となったのは主にアクエンアテンだった。女神が自己判断で力の譲渡を実行したことは事案となったものの、女神の引き継ぎ自体は時期を問わずして、女神の意思があれば儀礼の形で行われるもの、との認識があった。力の譲渡先を女神が選ぶのも歴代にあったこと。評議員会の同意を得ていないことはいただけないにしろ。


 なによりも問題とされたのは力の受け継ぎを中断させ、尊い力を消失させたのはアクエンアテンだということ。なまじ彼も介入可能なほどの実力があったから、並の神官のようにはね飛ばされず、女神の神力をぶつ切ることができてしまった。


 少女を返還しようにも、女神ほどの力がなければ世界線を歪ませたり繋げたりすることはできない。文字通り神技だ。


 女神を思い詰めさせたのは評議員会ではあるが、すっかり世代交代した後なので直接関わっていない彼らも処遇を決めかねている。

 とりあえずはアクエンアテンとエフェルヘブエフ両名は女神付きから任を解かれ(はふり)の中でも低い位の下級神官へ落とされた。元女神も神官のひとりとして扱われることになり、女神不在という開闢(かいびゃく)以来前代未聞の世が始まる。


 誰かを女神の座につけようにも、受け継がれるべき女神の力の行方は(よう)として知れない。

 時間を経て異世界の少女に力の譲渡が完了するのか、はたまた全く別の人物に発現するのか。謎は深まる。

Her Justification.

(彼女の言い分。)

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