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忘れちゃいけない記憶

 目を覚ますと、目の前で少年と少女が和気あいあいと遊んでいる。二人は私のことに気付いておらず、二人だけの世界になっている。

 何回か見た光景、この後私は狭間に飛ばされる。それがいつもの流れだ。



 「ねぇ、名前はなんて言うの?」


 「僕は温人(はると)石川温人(いしかわはると)


 「私はアオリ。五十嵐(いがらし)アオリ」


 「よろしく」


 「はると、だからはるっちでいい?」


 「そうやって呼ばれるの始めて」


 二人は笑顔を絶やさず楽しそうにしている。そして、少年は石川温人と名乗った。少女は五十嵐アオリと。

 この女の子が私?小さい頃の記憶が無いため思い出せない。こんな子どもだったのだろうか。

 あの男の子が石川温人?じゃあ私と石川君はずっと前に会ってるってこと?それにこんなに仲良くしている。

 私と石川君の関係って、一体何なんだろう?



 「いつもここに来てたんだな」


 「えっ!石川君!?」


 突如横から声がして声のした方を向くと石川君が少年と少女を見つめて立っていた。

 なんで石川君がここに?



 「ここは俺の記憶の中だ」


 「記憶の中?」


 「生者が狭間に来るのは狭間にいる霊の未練のせいだ。霊の未練によって生者が狭間に引き寄せられる。生者は狭間に来る前、自分を呼び寄せた霊の記憶を覗くことがある」


 「それで私は石川君の記憶の中に……」


 どういう原理かは分からないけど、石川君の言っていることは何となく理解が出来る。私が狭間に来る前に毎回見ていたのは石川君の記憶だったんだ。



 「黙っててすまない」


 「私はあなたとどういう関係だったの?」


 「覚えてないのか?」


 「うん。私は小さい頃に強い精神ショックで記憶を無くしちゃったの」


 「無理もないか。俺はアオリの目の前で死んだんだ」


 「え?」


 「ある日、二人で遊んでて帰る時間になってアオリが周りを見ず道路に飛び出した。横から車が来てて、アオリは気付いてなかった。俺が身を挺してアオリをどかしたけど、俺は車に轢かれてそのまま亡くなった」


 「私のせいで石川君は……」


 「いいんだ。アオリを守れたんだから。ただ、そのせいでアオリにショックを与えてしまった。すまない」


 「そんな、石川君が誤らないでよ。石川君が守ってくれなかったら私はいなかった」

 

 徐々にだけど小さい頃の記憶が戻ってきた。いつも男の子と一緒に遊んでて笑顔で楽しかった。ずっと一緒にいるんだって思ってた。

 なんでこんな大切な記憶を無くしちゃったんだろう。石川君は忘れちゃいけない人なのに。

 私のせいで……私が気を付けていれば



 「俺のせいでアオリを狭間に呼んでいた。忘れなきゃと思っても忘れられなかった」


 「私もあなたに会えて良かった。そんなに自分を責めないで」


 「もう二度と会ったらいけないんだよ。俺は死んでるんだ。狭間はアオリが来ていい場所じゃない」


 「そうかもしれないけど、私はあなたに会いたかった。今やっと気付いたの」


 「……じゃあな。もう二度と会いたくない」


 「石川君!」


 石川君はそう吐き捨てると消えてしまった。同時に私の体が浮遊し、空へと舞い上がっていく。少年と少女たちがどんどん小さくなっていき、見えなくなったところで私の意識は途絶えた。



 ――――――――



 「!?……戻ってきた」


 再び目が覚めると見慣れた天井が目の前にあった。戻ってきたんだ。石川君は私がずっと会いたかった人だったんだ。

 一言だけでもお礼が言いたかった。私と石川君が会うのはいけないことなのは分かってる。

 でももう一度彼に会いたい。会ってお礼を言いたい。彼が許さなくても私の最後のわがままを聞いてほしい。



 「なんで忘れちゃったんだろう」


 私は部屋の片隅に置かれている古びた箱を手に取った。この中には私の小さい頃の思い出が入っている。前までの私だったらこれを見ても記憶は取り戻せなかった。今なら小さい頃の記憶を取り戻せるかもしれない。

 箱を開け中に入っている物、全てに目を通した。小さい頃の写真、石川君と一緒に作った折り鶴。懐かしいという感情が生まれて初めて湧いてきた。懐かしい物ばかりだ。

 懐かしさを覚える度に何故忘れてしまったのかと自問自答する。気付けば私の目から涙がこぼれていた。

 こんなに大切だったんだ。忘れちゃいけないことなのに。忘れちゃいけない人なのに。どうして?

 そう思う度に心が苦しくなる。こんな私でも石川君は会えて良かったと喜んでくれた。

 私は彼に何もしてあげれてない。私の人生で唯一の好きな人に。


 

 「なんで……なんでぇ……」


 目からこぼれる涙を止めることが出来ず、部屋で一人ずっと泣いていた。

 会いたい人に会えないってこんなに苦しい気持ちなんだ。



 「アオリ、アオリ!」


 「おかあ……さん?」


 「早くおばあちゃんの家に行くよ」


 「あっ」


 そうだ。すっかり忘れていた。今日からおばあちゃんの家に泊まりに行くんだった。

 そのための準備をしてから寝たのだが、あんな事があったら忘れていた。



 「どうしたの?目が腫れてるわよ?」


 「え?いや、たまたまだよ」


 どうやら泣き腫らしているみたいだ。洗面所で確認しないと。

 私はベッドから体を起こし急いで洗面所に向かう。



 「うわぁ……」


 鏡を見ると誰が見ても分かるくらい腫れていた。おばあちゃんにも言われるんだろうな。

 仕方ないか。私は顔を洗い、急いで出発のための準備を整えた。



 「じゃあ行くよ」


 「うん」


 車に乗り込み、お父さんの運転でおばあちゃんの家に向かう。お母さんの方のおばあちゃんだからお父さんが若干緊張している。

 こっちの方のおばあちゃんに会うのは年に数回程度。滅多なことでは会わない。

 私の気持ちはおばあちゃんの家に行くことよりも彼のことでいっぱいではある。あれからまだ一日も経ってないのだ。まだ整理がついていない。でも、あんまり考えないでいよう。

 

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