自分でどうにかするしかない
自分が見知らぬ世界に、異世界に転生したのだと理解するには、しばし時間がかかりました。だって平々凡々なパート主婦だったわたくしが、いきなり王族に転生しているなんて。にわかに信じられることではありません。
頭をぶつけて倒れた記憶があるので、夢でも見ているのではと思い、手を散々つねりましたが……。
特に見える景色は変わりません。
混乱するわたくしに、最初に声をかけてくれたあのメイド服姿の侍女、その名はシアが、いろいろと教えてくれました。
まず私の容姿はというと。柔らかい亜麻色の長い髪に、エメラルドグリーンの瞳、この世界の女性にしては長身で、手足もほっそりしています。名前は、リザンヌ・アラーニャ・ヴェラヴォルン。
なんだか舌を噛みそうな、複雑な名前です。しかも現国王ミロ・マクス・ヴェラヴォルンの母親であり、未亡人という立場。息子の他に娘……王女カエラもいるというのです。
自分がヴェラヴォルン王国という、前世では聞いたことのない国の、しかも国王の母親に転生していた――これには大変驚きました。前世ではどうひっくり返っても、国王の母親なんて立場には、なれなかったでしょうからね。
よって自分が、クィーン・マザーであることには、とてもビックリすることになりました。ただ、それ以上に気になってしまうことがあります。
未亡人?
前世では、亭主関白気質の夫にウンザリしていたところはありますが、まさか転生していきなり未亡人で子持ち?
転生というのは……輪廻転生とは違うのですね。誕生から、赤ん坊からスタートするのかと思っていたのですが、そうではないようです。
つまり既に成長し終わった体へ、ポンと魂が入り込んだような感じでしょうか。
わたくしは異世界への転生について、詳しいわけではありません。よって赤ん坊からのスタートではなかったとしても、仕方ないとしか思えませんでした。それに実際、もう転生しており、どうにもならないのですからね。
ただですね、これだけは解せないのです。
前世でわたくしは、アラフィフでした。ですが転生してみたら、アラシス、アラ還だなんて、冗談ではありませんね! これはどう考えても神様のいじめにしか思えませんよ。
わたくしの約十年分の人生、どうなったのですか、神様!?
でも、いくら嘆いても、神様はうんともすんとも言ってくださらないのです。そうなったらもう、自分でどうにかするしかないですよね?
幸いなことにわたくしは国王の母親という立場で、身分的には恵まれています。つまり使えるお金が相応にあるわけです。近所のドラッグストアで、一番安い化粧水とクリームを購入していましたが、そんなことをする必要は、ないわけですね。
もうこうなったらと、前世知識を総動員し、アンチエイジングに効果がありそうな化粧品は勿論、健康食品や運動器具、もうありったけのお金を投じ、開発させました。さらに食生活の改善、睡眠の質向上、毎日できる運動プログラムを作る――なんてことも行いました。医療についても薬の開発、歯磨き習慣、入浴の奨励など、もうできる限りの手を打ちます。
つまり努力で約十年分の健康と若さを取り戻そうとしたわけです。
いろいろ生み出した物は、すべて自分に試しつつ、効果がある物は、貴族を含めた全国民に解放しました。だってわたくしは前世では平民で、税金を搾り取られ、たいした恩恵を受けられなかった記憶があります。この世界に王族の一人として転生し、税金を使い、いろいろやるならば、国民への還元は必須と思ったわけです。
その結果。
私自身はもちろん、王侯貴族と国民も、大変健康になったのです。
まずは自分が試して良かったこと、効果があったことを示したので、貴族の皆さんも、わたくしを参考にするようになりました。肉ばかりの食事を改め、野菜を積極的に食べるようになったのです。その際、家庭菜園を推奨し、自身で手作りすることを進めました。貴族の皆様は、基本的に動かずに食べるので、運動不足ですからね。家庭菜園に挑戦するだけでも、体を動かすことになります。さらに自給自足することで、平民から野菜を奪わないで済みますから、これは一石二鳥です。
貴族達が野菜を食べるようになったので、逆に平民は肉を食べる機会を得て、こちらはこちらで肉と野菜とバランスがとれた食事をできるようになりました。
食生活の改善と適度な運動に加え、歯磨き習慣などにより、病気にならないよう、予防に努めます。医薬品の開発は時間がかかりますし、育成が必要ですから、すぐには結果がでません。私も薬の名前と代表的な主成分しか覚えていないため、それを元に、専門家に調合をお願いしたのですが、そこはもう、試行錯誤。それでもこちらも、着々と研究が進んでいました。
「リザンヌ様のおかげで、寝たきりだった母親が、家庭菜園を始めました! 自分で収穫したトマトが美味しいと、手紙が来たのです。本当に、ありがとうございます!」
侍女のシアにそんな風に言われ、良かったわと、心から思えました。