朱雀門のあやかし
太刀であれば鬼をも斬ることができた。
現世のものでなくとも、太刀は通じるはずだ。
女が迫ってくる。
篁は女を斬りつけるために太刀を上段に振るった。
しかし、振り下ろした太刀に感触はなかった。
「ぬう」
女の口から声が漏れる。
しかし、どこにも刀傷のようなものは残されてはいなかった。
「小野篁、恨めしや」
女はそういい、口から長い舌をにょろりと出して見せた。
その舌の動きはどこか淫靡であり、何か人を魅了させるようなものに見えた。
「小野篁、恨めしや」
再び女がいう。
篁はじっとりと背中に汗をかいていた。
矢も射ることがねば、太刀で斬ることもできぬ。
これは困ったぞ。
その時、ふと懐に入れてあった鬼の角のことを思い出した。
現世のものが通用しないのであれば、現世ではないものを使ったらどうだろうか。
閻魔は言っていた。この角があれば、獄卒との主従関係は成り立っていると。
その言葉を信じよう。
篁は懐に手を入れると、羅城門の鬼の角をそっと握った。
「我、召喚しせり」
心の中でそう呟く。
すると、雷のような音が鳴り響き、篁の影の中から巨躯が姿を現した。
紛れもない。それは羅城門の鬼だった。
「呼んだか、篁」
「ああ、呼んだ。お前とは主従関係にあるからな。この際、口の利き方は黙認しよう」
目の前に突然現れた鬼の姿に、女は驚きを隠せないといった表情を浮かべた。
「あれは、なんだ」
「それは私の方が知りたいぐらいだ。ただ、矢も太刀も通用しない」
「そりゃそうだろう。あれはそういう類のもんじゃねえ」
「では、どうすればよい」
「わしに任しておけ」
鬼はそう篁に言うと雄叫びをあげた。
その雄叫びは空気を震わせる。
女の周りを取り囲んでいた鬼火が大きく揺れた。
「あなや」
女の声がしたと同時に、その姿は消え去っていた。
一体、何が起きたというのだろうか。
「まあ、こんなもんだ」
鬼は篁の方を見ると、満足そうにいった。
「もう終わったのか」
「ああ。楽勝だ」
「すごいな、お主」
「そうだろ。すごいだろ」
鬼は嬉しそうにいう。
こやつ、こんな感じだったか。篁は疑問を感じていた。羅城門で戦った時のような、おどろおどろしさのようなものは、微塵も感じさせない。それに、あの独特の臭いが無くなっていた。
「名は、なんと申す」
「あ? そうだな。お前が付けろ、篁。わしは冥府や地獄では獄卒としか呼ばれておらん」
「そうか。では、羅城門にいたから、ラジョウとでも呼ぶかな」
「ほう、ラジョウか。わしはラジョウか」
鬼はその名が気に入ったかのように連呼していた。