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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
地獄変
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地獄変

 小野おののたかむら平安京たいらのみやこから姿を消したのは、父である小野おのの岑守みねもりが死亡して数日後のことであった。

 しばらくの間、公務を休みたいという連絡は篁の家人から伝え聞いていたが、すでに篁の姿を見なくなって十日が過ぎていた。

 さすがに心配になった篁の上司で中務卿なかつかさのかみである賀陽かや親王しんのうは部下に篁の屋敷の様子を見に行かせたが、すべての戸が閉まっており、家人にも暇を出しているようで誰もいなかったという報告が返ってきただけだった。

 篁はいずこへ行ってしまったのだろうか。賀陽親王は扇子で自分の膝を叩きながら、考えていた。





 大きな赤門を潜るのは、これで何度目のことだろうか。

 冥府の入り口にそびえ立つ巨大な門を見上げながら、小野篁は小さくため息をついた。

 ここのところ、公務が忙しく冥府に足を運ぶことも少なくなっていた。冥府に足を運ばないということは、魑魅魍魎が平安京たいらのみやこ跋扈ばっこしていないということであり、良いことであることには違いないのだが、どこか寂しさを感じている自分がいることに篁は驚いていた。


 門の脇には上半身裸で筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》な人間の体をした牛頭ごず馬頭めずと呼ばれる獄卒羅刹が二匹いる。彼らはその名の通り、体は人間なのだが、体は牛と馬という奇妙な鬼であった。


「ひさしいな、篁」


 門の前に立った篁を見つけた牛頭が親しげに話しかけてくる。


「牛頭か。相変わらずのようだな」


 篁は笑顔を浮かべて牛頭に言葉を返した。

 冥府で笑顔を浮かべているのは篁くらいであろう。


「門を開けてやるから、さっさと通れ」


 牛頭の隣にいた馬頭がそう言い、ふたりは力を合わせて巨大な門扉をゆっくりと開けていった。

 冥府の入口にある赤門を越えると、そこには閻魔庁へと続く死者たちの行列が待っていた。表情のない顔をした死者たちは無言で列を作っている。もし、その列を離れたり、列を乱すような者がいれば、すぐ近くにいる地獄の羅刹たちによって地獄へと連れていかれてしまう。そのため皆地獄へ行くことを恐れ、大人しくしているのだった。

 その列を追い越すようにして篁は閻魔庁の建物を目指す。もはや、ここは篁にとって勝手知ったる場所であり、誰の案内も無くとも進むことが出来るようになっていた。


 閻魔庁の入口に着くと、入口の番をしていた羅刹が驚いた顔をして見せる。


「これは、篁様。いま、閻魔大王は職務中です。しばし、あちらの部屋でお待ちいただけないでしょうか」

「わかった。待とう」


 篁はそう言って、スタスタと閻魔庁の廊下を歩いた。

 何ともおかしなことだった。鬼の姿かたちをした者が篁に対して丁寧な言葉を使って話すのだ。閻魔庁に入るための列を作っている死者たちも、篁のことを見て、あれは何者なのだろうかと思っているに違いなかった。


 しばらくの間、篁は客間のような場所で待たされた。この部屋は不思議な部屋であり、見たことも無いようなものが所狭しと置かれている。おそらく現世には存在せず、常世にのみ存在するものなのだろう。

 篁が興味深くそのものを見ていると、入口から赤ら顔の大男が入ってきた。顔の下半分は髭でおおわれており、大きなぎょろりとした目でこちらを見ている。


「すまない、待たせたな」

「いや、そんなに待ってはおらぬ」


 入ってきた男こそ、冥府の番人と呼ばれる閻魔大王であった。

 閻魔大王は道服と呼ばれるとう国の服に似たものを着ており、背丈は偉丈夫と呼ばれる篁よりも大きかった。


「いま、茶を持ってこさせよう」

「茶?」

「ああ、そうじゃ。唐国で飲まれているものじゃ」


 閻魔がそう言うと、白い着物を着た若い女が盆に載せられた椀を二つ置いた。


 茶がいつ頃、日本に伝わったのかは定かではないが、日本後記には嵯峨天皇に大僧都だいそうずの永忠が近江の梵釈寺において茶を煎じて奉ったという記述が残されている。これは記録の中では、日本で初めてお茶が登場した記述であると言われている。当時、お茶は非常に貴重なものであり、僧侶や上級貴族の人間など限られた人間だけが口にすることが許されたものだった。

 

「これはうまいな」


 茶をひと口飲んだ篁は思わず声を漏らしてしまった。


「そうであろう」


 閻魔は口ひげを右手で撫でながら言うと、自分もひと口飲んだ。

 しばらくの間、ふたりは茶を楽しんでいた。

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