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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
大嶽丸
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大嶽丸

 なにか熱いものが腹に触れていた。

 これは何なのだろうか。篁は気になり、そこに手を伸ばしてみた。

 硬く尖った小さな破片のようなものが手に触れる。

 それは鬼の角だった。

 羅城門に住み着いた鬼。地獄の羅刹。ラジョウ。

 そうだ、ラジョウだ。これはラジョウの角だった。ラジョウの角は二本あったが、その一本を篁が持っていた。ラジョウと戦った時に篁がラジョウの角を折ったのだ。

 この角はラジョウとの契りでもあった。主従の契り。

 しかし、その契りは両面宿儺との戦いで終わっており、契りを終えたラジョウは地獄へと帰っていったはずだ。


「情けなし」


 また声が聞こえた。今度ははっきりと聞こえた。そして、その声の主の姿もはっきりと篁には見えていた。

 篁の影の形が変化していた。

 巨躯きょく。頭に生える左右非対称な角。そのうちの一本は欠けている。


 立烏帽子は、気づいてはいない。

 鈴鹿の体を乗っ取った立烏帽子は鬼神の姿となり、篁の首を絞め続けている。


「情けなし。わしの知る小野篁という男は、この程度の苦難であれば乗り越えられたはずじゃ」


 そう声が聞こえると同時に、風を感じた。

 篁にわかったことは、それだけだった。


 何かが地に落ちた音が聞こえた。

 篁の首に掛かっていた圧力が消え去り、身体が自由となる。


 目の前にいた鈴鹿は、首から上が無くなっており、かろうじて立っている状態だった。


 篁の影は、篁とはまったく違うものに変わっていた。

 地獄の羅刹。

 篁にはその影の形に見覚えがあった。そう、ラジョウである。


「お前の良いところは心が優しいというところだ、篁。しかし、そこにつけこんでくる奴らも少なくはない。時には鬼にならなければならんぞ。わしは再び、お前と主従の関係に戻ることは出来ぬ。ただ、一度だけ力を貸そう」


 そう声が聞こえると、篁の影の中から巨躯の鬼が姿を現した。

 その姿は、間違いなくラジョウであった。

 そして、ラジョウの右手には鈴鹿の首が握られていた。


「大嶽丸、貴様も鬼神であれば、堂々と俺と勝負しろ」


 大声でラジョウはいい、鈴鹿の首を谷底へと投げ捨てる。


 地響きが聞こえた。ただの地響きではない。揺れている。鈴鹿山全体が揺れているのだ。


「羅刹如きが、に勝てるとでも思っているのか」


 山の奥から大きな声が聞こえて来た。その声は間違いなく大嶽丸のものであった。


「ふん、お前が名ばかりの鬼神であるということを世に知らしめてやろう、大嶽丸よ」

「口ばかりは達者なようだな」


 そこに姿を現したのは、大嶽丸であった。しかし、この大嶽丸は先ほど篁が首を刎ねた大嶽丸よりも身体が大きくなっている。


「立烏帽子よ。お前の力を全部、我によこせ」

「何を言い出すのかと思えば」

「お前では、この鬼に勝つことは無理であろう」

「それはどうかな」

「ふん、強がりを言うな。やり合わなくとも、結果は見えている。ここは我に任せてもらおう」


 なんとも奇妙な光景であった。口を動かして喋っているのは大嶽丸ひとりなのだが、交互に声色が変わっている。どうやら、立烏帽子というのは、鈴鹿か大嶽丸のどちらかの肉体に宿っているようだ。先ほどまでは鈴鹿の肉体にいたが、いまは大嶽丸の肉体にいる。そんな感じだった。


「それと三明さんみょうつるぎも寄越せ。あれは我でなければ使いこなすことはできん」


 大嶽丸がそう言うと、三本の剣が天から降ってきた。それは、大通連、小通連、顕明連の三本であった。三本のつるぎは光に包まれると一本の剣へと変化した。どうやら、これが三明の剣と呼ばれているものらしい。この剣を大嶽丸に渡したということは、立烏帽子がすべてを大嶽丸に任せると決めたということでもあった。


「そうだ、それでいい」


 大きな口から尖った牙を覗かせて大嶽丸はいうと、三明の剣を手に取る。


「待たせたな、羅刹よ。いまから、お前をなぶり殺しにしてやろう」

「面白い。その言葉、そのままお前に返してやるぜ、大嶽丸」


 ラジョウはそう言って掌を天へと向ける。

 すると掌が輝きだし、そこから一本の剣が姿を現した。それは見たことのない形をした剣だった。


「おい、ちょっと待て。それはソハヤノツルギではないか。なぜ、それをお前が……」

「冥府でとある方に会ってな。わしにこの剣を与えてくれたというわけじゃ」

「まさか、坂上田村麻呂が」


 ラジョウはその問いには答えず、にやりと笑って見せるだけだった。


 素早剣ソハヤノツルギは坂上田村麻呂が愛刀として使っていたつるぎのひとつであった。この剣を田村麻呂は毘沙門堂に奉納したと篁は聞いていたが、まさかその剣をラジョウが持っているとは思いもよらぬことだった。


「おい、大嶽丸。お前の持つ三明の剣とわしの持つ素早剣、どちらが強いか勝負をしようじゃないか」

「面白い。我が勝ったら、その素早剣はいただくぞ」

「その代わり、わしが勝ったらお前の首をいただくことになるぞ」

「望むところよ。では、ゆくぞ」

「おう、来い」


 こうして、ふたりの鬼の戦いがはじまった。

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