大嶽丸
「立烏帽子、その姿を現されよ」
「なぜじゃ。我に会ってどうするというのだ、篁よ」
「私は、お前が何をしたいのかがわからないのだ」
「なるほど。我はただ大嶽丸の願いを叶えたに過ぎん。お前はどうしたいのだ、篁」
「私は……私の大事な人間たちに手を出さないというのであれば、手を引く」
「そうか。手を引くのか」
「ああ」
「だったら、これはどうだ」
突然、目の前に鏡のようなものが現れた。しかし、それは鏡ではなく、全く違う場所の風景を映し出している。
幻術か。篁はそう思いながらも、目の前にある不思議な光景にくぎ付けになっていた。
その風景の中に見えるのは、父である岑守の姿だった。
岑守は内裏にいるらしく正装をしている。
「お前の父親は、刑部卿の小野岑守であったかな」
立烏帽子の声で、篁は我に返った。
この不思議な鏡を見ていると、まるで魂が鏡の向こう側に行ってしまったかのような感覚になってしまう。
鈴鹿は立烏帽子が自分の目を通して、ずっと様子を見ていると言っていたが、それはこのことだったのだろうかと、篁は思っていた。
「おや、刑部卿が苦しそうにしておるぞ」
その言葉に篁は再び目を鏡へと戻した。
鏡の中では父が何か苦しそうな表情を浮かべており、そのまま崩れ落ちるように床の上に倒れた。突然倒れた岑守に宮中は大騒ぎとなっている。
「何をした、立烏帽子!」
篁は声を荒げた。
「我は何もしておらぬ。勝手に岑守が倒れたのよ。これは病かな」
そういった立烏帽子の声は笑っていた。
鏡の中に映し出されている岑守は血の泡を口から吹き、そのまま動かなくなっていた。
それを見た篁は感情が抑えられなくなっていた。これは立烏帽子の罠である。そうわかっていても、この怒りの感情だけは抑えることが出来なかった。
「許さぬ、許さぬぞ、立烏帽子」
「何を言う、篁。我は何もしておらぬ、ただ岑守が倒れただけじゃ」
やはり立烏帽子は笑っている。
「篁よ、再びそなたに問おう。何がしたいのじゃ」
「私は……私は、お前を殺したい」
篁がそういうと、その影が大きく波打ったように見えた。
「素直になったな。良いぞ、篁。良いぞ。その言葉を待っておった。殺し合おう、殺し合おう」
そう立烏帽子が言ったかと思うと、横たわっていた鈴鹿の体が動き出し、自分の首を拾い上げた。
「遠慮することは無い、篁。さあ、殺し合おうぞ」
立烏帽子は鈴鹿の体を借りてそう言うと、鈴鹿の顔が苦悶の表情へと変わっていった。
口が大きく開かれ、鈴鹿は舌を突き出すような真似をする。
白目を剥き、額にはいくつもの青い血管が浮き上がる。
この世のものとは思えぬ声。地響きのように低い唸り声。それを発しているのは鈴鹿であった。
鈴鹿の口から一本の剣が姿を現し、首のない鈴鹿が左手でその剣を引き抜く。
「これが我が秘剣の大通連じゃ。そして、もう一本……」
再び鈴鹿は口を大きく開けた。小刻みに痙攣をしながら舌を突き出したかと思うと、もう一本剣が姿を現した。
「こちらは小通連。我の持つ宝剣よ。大嶽丸に与えた顕明連も合わせて、三明の剣と呼ばれているものじゃ」
誇らしげに立烏帽子は言うと、右手に小通連、左手に大通連を持ち、鈴鹿の頭を身体に再び繋ぎ合わせた。
「さあ、準備は整ったぞ、篁。殺し合おうぞ」
笑いながら言う立烏帽子。その姿は、鈴鹿そのものであったが、顔つきや表情はまったくの別人のように変化していた。




