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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
大嶽丸
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大嶽丸

 大嶽丸の剣捌けんさばきは、なかなかのものであった。

 しかし、それは篁には及ぶものではなく、篁は大嶽丸の剣をギリギリのところですべて避けてみせた。


「おのれ、篁。避けてばかりおらんで、斬り掛かって来い」


 剣先をまったく篁に触れさせることが出来ないため、負け惜しみを大嶽丸が言う。


「そうだな」


 そう言った篁は少し間合いを取ると、ゆっくりと腰に佩いた鬼切無銘を抜く。

 すると奇妙なことが起きた。

 篁の影が妙に大きくなったような気がしたのだ。

 しかし、それ以上のことは何も起こらなかった。


 斬りかかってきた大嶽丸の剣を太刀の峰で受け流すと、篁は大嶽丸の丸く突き出た腹を蹴りつけてやった。

 腹を蹴られた大嶽丸はバランスを崩して、その場に尻もちを着く。

 そこへ篁の鬼切無銘が振り下ろされた。


「ひぃ」


 情けない声を大嶽丸はあげて目を閉じる。

 鬼切無銘の剣先は大嶽丸の首筋ギリギリのところで止まっていた。

 本当にこの大嶽丸というのは鬼神なのだろうか。そんな疑問が篁の中には生じていた。

 同じ鬼神であっても両面宿儺と比べるとはるかに弱い。弱すぎるくらいだ。


「本当にお前は大嶽丸なのか?」


 思わず篁は尻もちをついている大嶽丸に聞いてしまった。

 その質問は大嶽丸にも予想外なものだったらしく、きょとんとした顔をしている。


「我以外に大嶽丸と名乗るものがいるとでもいうのか」

「鬼神大嶽丸に間違い無いのか」

「そうじゃ」

「であれば、お前を地獄へ送る必要がありそうだ」

「ちょっと待て。なぜ我が地獄へ行かねばならぬのだ」


 太刀を振り上げた篁の様子を見て、大嶽丸が慌てた様子で言う。


「坂上広野麻呂殿を殺し、坂上より鬼切丸を盗み出したではないか」

「待て、違う。それは違うぞ。広野麻呂は酒の飲みすぎで死んだのじゃ、我は何もしておらぬ」

「では、鬼切丸を盗んだ方は認めるということだな」

「それは認める。だが、広野麻呂を殺したのは我ではない」


 篁もそのことはわかっていた。坂上広野麻呂は日頃から酒に溺れ、昼間から酒を浴びるように飲んでいる日もあったという話は聞いていた。ただ、大嶽丸が広野麻呂を殺したのではないかと吹っ掛けてみただけなのだ。


「なぜ、鬼切丸を盗んだのだ。田村麻呂様が持ち主であった頃から狙っていたと申したな」

「我は太刀が好きなのじゃ。あれは良い太刀じゃ。本当であれば、素早剣ソハヤノツルギもほしい。坂上家には名刀がたくさんある。だが、広野麻呂の家で見つけられたのは鬼切丸だけじゃった」

「ほう。ならば、この鬼切無銘も欲しているのではないか」


 そう篁が言うと、大嶽丸は慌てて首を横に振った。


「馬鹿言うな。我は閻魔の太刀などいらぬ。それは魔太刀よ。我はいらぬ」

「魔太刀?」

「そうじゃ。斬ったものを冥府へと送り届ける魔太刀じゃ」

「斬られて死せば、冥府に行くのは当然ではないか」

「うむむむ」


 大嶽丸は眉を八の字に下げ困った表情を浮かべて、唸った。


「もう、二度と盗みを働かないと誓うのであれば、許さぬことも無いぞ」

「なんと、本当か」

「ああ。この小野篁に二言は無い」

「わかった。では盗みは二度とせぬ」


 少々拍子抜けではあったが、大嶽丸はそう篁に誓って、持っていた剣を鞘に収めた。

 篁は振り返り鈴鹿の方を見る。


「これで良いか、鈴鹿」

「はい。あとは立烏帽子だけでございます」

「そうだな。おい、大嶽丸。立烏帽子はどこにいるのだ」

「我は知らぬ。あやつはいつも突然現れる。だが、いまも我たちの話をどこかで聞いているはずじゃ」


 そう言った大嶽丸は、黄色く濁った大きな目玉をぎょろぎょろと動かして見せた。


われはここにおるぞ、小野篁よ」


 どこからか声がした。男の声とも女の声とも思える不思議な声だった。

 その声の出所、それは大嶽丸の口の中だった。


「そなたは甘いな、篁。その甘さが命取りじゃぞ」


 座り込んでいた大嶽丸が立ち上がり苦悶の表情を浮かべる。しかし、話しているのは大嶽丸である。


「大嶽丸よ。鬼神としての力を発揮して見せよ」


 そう大嶽丸は言うと、立ち上がり獣のような声で吼えた。


 すると信じられないことが起きた。いままで猫背だった大嶽丸は背筋を伸ばし、ごつごつと岩のような筋肉がそこに姿を現す。丸く突き出ていた腹が引っ込み割れた腹筋となる。その黄色く濁った目からは血の涙があふれ出し、顔つきすらも変わっていった。


「大嶽丸、お前には顕明連けんみょうれんを授けよう」


 そう大嶽丸が喋ったかと思えば、大嶽丸は天を仰ぐように上を向き、咆吼ほうこうをあげる。その咆吼は怒り、憎しみ、哀しみなどが入り混じったもののように感じられた。

 天を仰ぐ大嶽丸の口からは、何かが出てきたていた。長い柄のようなものが、少しずつ少しずつ空に向かって伸びていく。それは、一本の剣だった。

 大嶽丸の口から姿を現した剣こそが、顕明連であった。


「篁よ、これでお前の命をいただくことにした」


 口から体液を垂らしながら大嶽丸は言うと、獣じみたその顔でにやりと笑って見せた。大嶽丸の顔は先ほどまでとはまるで別人のようだった。これが本当の大嶽丸の姿なのかもしれない。

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