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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
蜘蛛と羅城門
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蜘蛛と羅城門


「ある刻になると、内裏から絃歌げんか(琴や琵琶などの絃楽器を弾きながら歌うこと)が聞こえるのじゃ。その絃歌を歌う声がとても美しゅうて……」

「ほう。絃歌とな」


 内裏で絃歌の名手。それを聞いて、篁の脳裏にとある人物が思い浮かんでいた。

 それは、阿保親王あぼしんのうである。阿保親王は平城へいぜい天皇の第一皇子であり、藤原薬子が起こした薬子の変の責任を負う形として太宰府に左遷されていたが、最近になって入京が許された人物であった。

 阿保親王は先ごろ五男の業平なりひらが生まれたことをきっかけに、子息たちに在原ありわら朝臣あそんせい賜与しよされ、臣籍しんせき降下こうか(皇族がその身分を離れ、姓を与えられ臣下の籍に降りること)を認められていた。


「その絃歌を聞きに、内裏に行っていただけというわけか」

「そうじゃ。別に何も悪いことはしておらぬ」

「ふむ」


 篁は少し考えた。

 どうやら、姫が病に臥せったのと、この蜘蛛女が姿を現した時が重なったために、蜘蛛女のせいで姫が病に臥せったと思われてしまったようだ。

 姫の病の平癒に関しては、空海様にお願いすればなんとかしてくれるだろう。あとは、この蜘蛛女の処遇をどうするかである。何も悪いことをしていないのに退治するというのは、あまりにも酷なことであり、それはさすがの篁にもできない。

 どうしたものか。

 蜘蛛女のことをじっと見つめながら、篁は考えていた。


「ひとつ聞くが、お主は小さな蜘蛛になることは出来ぬのか」

「そんなこと簡単じゃ」


 そういうと蜘蛛女は体を小さくして、通常の蜘蛛と変わらぬほどの大きさに変化してみせた。


「それならば、最初からそうすれば良かったのだ」


 篁は独り言をつぶやいてから、蜘蛛女に告げた。


「内裏に行く時は、小さき体になって行くようにされよ。さすれば、誰も文句は言わぬ」

「本当か」

「ああ。この小野篁がいうのであるから、間違いは無い」

「そうか。それは良いことじゃ」


 蜘蛛女は元の大きさに戻ると、にこにこと笑みを浮かべながら言った。


「それと、もう一つ。お主は、人を捕って喰らうような真似はせぬよな」

「当たり前じゃ。人なんぞ食わぬ。我が喰らうのは虫だけじゃ」

「それを聞いて安心した。羅城門に住み着くなとは言わぬが、人を脅かしたりはせぬようにしてくれ」

「わかった」

「では、私は行くとしよう。私との約束を忘れてくれるなよ」


 篁は、そういって羅城門を後にした。

 羅城門を出ると、すでに日は東の空に上りはじめていた。

 屋敷に戻る前に東寺へ寄り、篁は内裏で病に伏せる姫がいることを空海に告げた。

 空海はすべてわかっているような顔をして頷くと、篁の話を聞き入れてくれた。

 あとやることは、ひとつだけだった。


「ここにいたのか」


 篁は、とある屋敷の前で座り込んでいた牛飼童をみつけて声をかけた。あの羅城門で捕まっていた牛飼童である。


「あんた、無事だったのか」

「ああ、何とも無い」

「それで、あの蜘蛛女を退治したのか」

「その話なのだが、どうやら蜘蛛女はあんたのことを気に入ったようでな」


 篁はそう言って、ひょいと何かを牛飼童に投げつけた。

 それはただの糸くずであったのだが、何を勘違いしたのか牛飼童はその場で腰を抜かしてしまった。


「あんたが悪さをしないか、ずっと蜘蛛女は見ているそうだ」


 尻もちをついたままとなっている牛飼童を見下ろしながら篁はそういうと、笑ってその場から去っていった。



 その後、内裏の姫は病から回復したという話を篁は藤原乙姫からふみで聞かされた。

 相変わらずではあるが、藤原乙姫との文のやり取りも続いている。

 羅城門に蜘蛛女が出るといった話も、まったく聞こえては来ていない。

 これですべて良かったのだ。

 篁は、冷えた瓜をつまみながらそう思っていた。

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