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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
雷獣
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雷獣

 広幡浄継の屋敷は右京、紙屋川の近くにあった。屋敷といえど、それほど大きなものではなく、小さな家に小さな庭がついている程度で、下級役人が住むものとあまり変わりはなかった。


「広幡浄継殿は、いらっしゃいますかな」


 篁は屋敷の入口で声を掛けた。

 すると屋敷の中から、小柄な老婆が姿を現す。


「どちら様でございますかな」

「失礼。私は弾正台の小野篁と申します。広幡浄継殿はいらっしゃいますでしょうか」

「いま、我があるじは……」


 そこまで老婆が言いかけた時、篁の後ろにいた空海が咳払いをした。


「あなや」


 突然、老婆は叫ぶように言うと、屋敷の窓を突き破って外へと逃げていく。

 その逃げる姿は四つん這いであり、どこか獣を思わせる動きであった。

 篁は老婆を追いかけようとしたが、空海がその必要はないと篁のことを止めた。


「これは何事ですが、空海様」

「この屋敷には、何やら妙な気が流れているようです。篁様もお気をつけください」

「はあ……」


 よく事情が飲み込めない篁は、何に気を付ければよいのだろうかと思いながら、浄継の屋敷へとあがりこんだ。


「失礼いたす」


 篁はそう言って玄関で尻切れの草履を脱ぎ、中に入って行く。

 部屋は一つあるだけだった。その部屋には寝床があり、顔色の悪い若い男が寝ていた。

 顔を見ると、確かに昨晩会った広幡浄継に間違いなかった。


「広幡殿。広幡浄継殿」


 寝ている男に声を掛けると、男がうっすらと目を開けた。


「どちら様ですか」

「私は弾正台の小野篁と申します」


 篁は昨晩会ったはずだと思いながらも、そのことは伏せておいた。


「これはこれは、小野様。すみません、いま私は病に臥せっておりまして。どのような御用でしょうか」


 浄継は寝床から起き上がろうとしたが、篁はそれを止めた。


「このままでいてくだされ。聞きたいことがあり、訪ねてきた次第です」

「なんでしょうか」

「昨晩はどちらへ」

「え……。昨晩でございますか。私は病に臥せっておりますゆえ、このように寝ておりましたが……」

「左様ですか。広幡殿は、この屋敷にひとりでお住まいで」

「ええ。そうですが」


 なぜこのような質問を篁はしてくるのだろうか。浄継の顔にはそう書かれていた。


「では、少し質問を変えさせていただきます。雷神のつるぎというものに、心当たりはありますかな」

「はて、何のことでしょうか」


 篁の言っていることがわからないといった様子で浄継はいう。


「では、この病に臥せる前に何か変わった出来事はありませんでしたか」

「変わった出来事ですか……。あったといえば、ありましたが」


 その言葉に篁と空海は顔を見合わせた。


「その話をお聞かせ願えませんか」

「わかりました……」


 浄継はそう言うと、ぽつりぽつりと話をはじめた。


 ※


 数日前、広幡浄継は羅生門から平安京を出て、ある場所へと出掛けていた。

 共に出掛けたのは、陰陽寮で陰陽生をしている友人たちである。

 どこへ出掛けたかについては、浄継は詳しくは語らなかったが、遊女あそびを買い求めに出たのだということは、篁にも察しがついた。

 浄継たちは目的の場所に着くまでは一緒だったが、そこから先は別行動だったという。


 その帰り道、浄継は雨に降られてしまった。

 雨具などを持っていなかったことから、どこか雨宿りが出来る場所を探した。

 しばらく雨に濡れながら歩いていると、古いやしろがあることに気がついた。

 すでに人が来なくなって久しい感じの社であり、所々が朽ちて崩れかけ、石畳も苔むしている。

 浄継はしばらくの間、社の中で雨宿りをすることにした。

 かび臭く、埃っぽい社の中だったが、雨の中を歩くことを考えれば、こっちの方がましだった。

 しばらく待っていたが、雨は止むことは無く、次第に強くなり、雷まで伴うようになっていった。


 これは困ったな。浄継は社の中をウロウロと歩き回った。社の中は意外にも広かった。暗くて良く見えないところもあるが、元々は立派な社だったのかもしれない。

 そんなことを思いながら社の中を見回していると、奥に小さな祭壇のようなものがあることに浄継は気がついた。

 そこには割れてしまった小さな盃のようなものと表面が曇った鏡が置かれており、なにやら読めない文字が書かれた紙も貼られている。

 なぜかその文字が気になった浄継は、紙を剥がしてみた。

 すると紙に引っ張られるようにして、長細い木箱が音を立てて床に落ちる。

 紙に気を取られていて気づかなかったが、紙は長細い木箱に貼られていたようだ。

 木箱の蓋は、落ちた衝撃で開いていた。

 その木箱の中身、それは一本の古びたつるぎだった。

 何かの儀式などで使われたものだろうか。鞘の周りには装飾品が付けられている。

 浄継はその剣を木箱から取り出すと、刀身を鞘から抜き放った。

 妙な手ごたえがあった。

 錆びだらけとなっていた剣は、浄継が鞘から抜くと同時に根元から折れてしまっていた。

 その瞬間、なぜか背筋に悪寒のようなものが走った。

 それと同時に、天が眩いほどに光を放ち、社のすぐ近くにあった木に雷が落ちた。


「あなや」


 驚いた浄継は、その剣を投げ捨て、身を低くした。

 幼い頃より浄継は雷が苦手だった。震えながら身を亀のように縮めた浄継は、雷が遠くへ行くまで、ずっとその姿勢でいた。

 浄継は、いつの間にか眠ってしまっていた。

 目が覚めた時、雨音が止んでいることに気づいた。

 東にある山の向こう側からは、日が顔を覗かせはじめている。

 いかん、余計な時間を取ってしまった。

 浄継は慌てて社を出た。

 この時、浄継はすっかり剣のことなど忘れてしまっていた。


 屋敷に戻った浄継だったが、どうにも身体がだるくて仕方なかった。

 雨に打たれて風邪を引いたのかもしれないと思い、床に就いたが、そのまま起き上がれなくなってしまった。

 陰陽寮の友人には何日間か休むと伝え、寝床で横になっていたが、体調は一向に良くならず、どんどんと身体が衰弱していくのがわかった。

 そして、ふたりが訪ねてきたというわけだった。

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