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TAKAMURA ~異聞、小野篁伝~  作者: 大隅スミヲ
第一部

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雷獣

 その日は、激しい雷雨に見舞われていた。

 宿直とのいであった篁は弾正台の建物の中で、雷鳴らいめいとどろく空を見上げた。

 光ったと同時に雷鳴が聞こえる。


「近いな」


 そう呟きながらも、何か良い歌でも思い浮かばないものかと考えていた。

 同じ部屋にいた宿直の者たちは、雷鳴を聞いて「雷神様がお怒りなのだ」などといったことを話している。

 結局は、暇なのだ。

 巡邏に出ることができないため、今宵の宿直はこのように弾正台の建物の中で暇を持て余すこととなるだろう。


 空を見上げることにも飽きてしまった篁は執務室に入ると、ひとり書を揮毫きごうしはじめた。

 平安初期、三筆さんぴつと呼ばれる書家がいた。ひとりは嵯峨天皇、ひとりは空海、ひとりはたちばなの逸勢はやなりであった。この三筆に続くように、篁の書に関してもかなり評判は高く、後世に書を習う者は篁の書いた物を手本としたという話も残っているほどである。


 いくつか書を揮毫してみたが、どこか集中が出来なかった。

 それは先ほどから頭上で鳴り響いている雷のせいだろう。

 困ったものだ。

 篁がそう思い、天井を見上げた時、辺りがまばゆい光に包まれた。

 時を同じくして、轟音と呼べるほどの激しい音が大内裏にこだまする。


「落ちたぞ」


 誰かが叫ぶように言った。

 他の者たちに釣られるようにして弾正台の建物を出ると、中務なかつかさしょうの北門のすぐそばにある柳の木に雷が落ち、辺りに火が燃え移っていた。

 中務省といえば陰陽寮も所属している省であり、中務省の建物は陰陽寮のすぐ隣に位置している。


 雨具を着こんだ篁たちは、中務省へと駆け付けた。

 当時の雨具といえば、代表的なものは菅笠すげがさみのであった。和傘というものも実は平安時代から存在してはいたが、これは貴族の日除けのために使われる日傘であり、雨具として使われるようになったのは室町時代になってからだそうだ。

 落雷のあった柳の木は真っ二つに裂けるようにして折れており、周りには炎が燃え移っていた。篁たちはすぐに火を消す作業に入り、なんとかその火を消し止めることに成功した。


 火を消し終えた篁たちが、他に被害はないかと調べていると、白い水干に烏帽子姿の男が雨に濡れながら歩いているところに出くわした。


「なにかお困りごとでもありましたかな」


 篁は男に声を掛けた。


「いえ、ちょっと探し物を」


 俯いたままの姿勢で男は答える。

 雨に濡れながら雷の落ちた柳の木の周辺を見回すその男の姿は、不審者以外何者でもない。


「お手伝いいたしましょう」

「いえ、大丈夫です」

「この雨だ。人数が多い方が見つかるのも早いでしょう」

「いえ、本当に大丈夫です」


 そこで初めて男は顔をあげた。まだ少年のような顔立ちをした若い男だった。


「私は弾正台の弾正少忠を務める、小野篁と申します」


 篁が名乗るとその男は、はっとしたような表情を浮かべた。


「失礼いたしました。篁様だとは気づかず」

「いえ、良いのです」

「私は広幡ひろはたの浄継きよつぐと申します。陰陽寮の陰陽師です」

「左様でしたか。それで、探しものというのは」


 その言葉に浄継は少し迷ったような表情を浮かべたが、どこか意を決めたかのように口を開いた。


「これは篁様だからお話することです。実は、雷神のつるぎを探しておりまして」

「なんと……」

「先ほどの落雷は、雷神が剣を落としてしまったがゆえに発生したものでして。篁様は特異なお力を持っておられると聞いております。どうか、ご協力を願えないでしょうか」

「わかりました。微力ながら、協力させていただきます。して、その剣の特徴などは」

「すみません、私も剣という事しかわかっておりません」

「まあ、剣のようなものが落ちていたら、その雷神の剣だと思えばいいでしょう。わかりました。この周辺を探してみます」


 篁はそう言うと、美福門びふくもん方面へと歩きはじめた。

 いつの間にか雷鳴は聞こえなくなっていた。もうしばらくすれば、雨も止むかもしれない。


 しばらくの間、中腰になりながら篁は雷神の剣が落ちていないか探し回った。

 しかし、どこを探してもそのようなものは見つからない。

 そもそも、雷神が落とした剣など本当にあるのかどうかもわからない。もしかしたら、すべては広幡浄継の妄言かもしれない。そんなことを思いながら歩いていると、少し先にぼんやりと明かりがあるのが見えた。

 篁がその光に近づくと、長細い棒のようなものが光り輝いているのがわかった。

 これが雷神の剣なのか。

 疑問に思いながら篁が近づくと、その周りには小さな雷光のようなものがパチパチと音を立てながらまとわりついていた。

 その剣に篁が手を伸ばそうとすると、剣は強い光を放ち、姿を四足の獣と変えて逃げ出した。その姿は狼のようでもあり、もっと小さな鼠のようでもあった。

 驚いた篁は手を引っ込めたが、すぐに思い直し、その獣のあとを追った。

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