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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
空亡
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空亡

 左大臣である藤原ふじわらの冬嗣ふゆつぐ薨去こうきょしたのは、7月の暑い日であった。

 薨去とはあまり聞かない言葉であるが、親王、女院、摂政、関白、大臣など朝廷の上級官職などが亡くなることを指す言葉である。


 友人である藤原ふじわらのたいらは冬嗣の異母弟であり、またあの藤原ふじわらの良門よしかどは冬嗣の六男であった。

 朝廷の一角を担う藤原家の葬儀は盛大に行われ、一族で屋敷を出た後、鳥辺野で火葬が行われた。当時、火葬は高貴な身分の人間に対してしか行われておらず、庶民は風葬と呼ばれる死体を埋葬せず外気中に晒して自然に還す方法を取っていた。この風葬が平安京における疫病の蔓延の原因となっていたともされており、高僧・空海が平安京を訪れた際に、疫病蔓延を避けるためにも土葬をすべきだと意見をしたという話も残っていたりする。

 火葬は現代のように数時間で終わるわけではなく、一日以上の時間を掛けて行われた。これは現代のように強い火力で焼くことが出来ないためという説が濃厚である。

 藤原冬嗣の火葬も例外ではなく三日三晩行われ、その間は検非違使けびいしや弾正台が鳥辺野周辺の警備に当たっていた。


「のう篁、人は死ぬと冥府へ行き、閻魔大王の裁きを受けるというのは本当だろうか」


 鳥辺野周辺の警備に当たっていた篁に、藤原平が問いかけてきた。

 藤原平は異母兄である冬嗣の火葬に参加するため鳥辺野やとやってきており、服装は白で統一されている。

 平安時代、喪服は白から黒へと移り変わって行った。喪服が黒と定められるようになったのは平安後期からという説が濃厚であり、この時代はまだ喪服は白であった。この喪服の色も、当時交流のあった中国・唐の習わしを真似したということであったが、中国の書物の誤訳がきっかけで喪服が白から黒に変わったという説もあったりする。本作では、その辺の話の深堀はしないが、興味がある読者がいるようだったら調べてみると面白いかもしれない。


「そのようなことをなぜ私に聞くんだ、平」

「なんとなくだ」

「そうか。冥府で極楽か地獄か決められるという話もあるな」


 篁は誰かから聞いたかのように話した。

 まさか本当にその光景を冥府で見てきたとは、平も思わないだろう。


「兄上はどちらへ行かれるだろうな」

「冬嗣様は、立派なお方だ。きっと極楽へ行かれるだろう」

「それならば良いのだが」


 平はそう言うと、空へと昇っていく煙を見上げた。

 火葬が終わると、その遺骨は一度寺に預けられ、陰陽師の宣託によって墓の場所が決められた。この際、陰陽師はどの方角の墓に納骨すべきかなどを占って決めていたそうだ。


 ※


 平安京の夜が騒がしくなったのは、冬嗣の葬儀が終わって一週間ほどが経った頃だった。

 武装した夜盗たちが、内裏にある蔵を襲ったのだ。

 内裏は、帝の暮らす場所である。そんな都の中枢にまで夜盗が忍び込むことが出来るほど、平安京の治安は悪化している。

 弾正台と検非違使には、夜間の巡邏を増やすようにと指示が下り、篁は自分の屋敷で過ごす時間が減っていた。

 その日も、篁は宿直であり、巡察弾正たちと一緒に平安京の夜間巡邏を行った。

 同僚である藤原平は喪に服すために、休暇を与えられている。そのため、必然的に同じ弾正少忠という立場の篁の仕事量が増えていっていた。

 こればかりは仕方ない。篁はそう思っていたのだが、他の同僚の中にはそう考えていない者もいるようで、平の陰口を叩く人間も少なからずともいる。

 それに弾正台の仕事は、徐々に検非違使が取って代わるようになってきていた。逮捕権のない弾正台に比べ、様々な事件に対する逮捕権などを持つ検非違使の方が、仕事はやりやすいのだ。

 こういった裏事情もあり、弾正台内部には不満が溜まりつつあった。


 それに出くわしたのは、篁とふたりの巡察弾正が四条大路を朱雀院方面へと向かっている時のことだった。


「そこの者、止まれ」


 闇の中から声を掛けられた篁たちは、お互いに顔を見合わせて、その場で足を止めた。

 相手の姿は見えてはいない。

 三人とも警戒をし、腰に佩いている太刀へと手を伸ばしていた。


「何者だ」


 篁が闇の中に声を掛ける。


「我は検非違使だ。怪しい奴らだな、ちょっと調べさせてもらうぞ」


 闇の中からぬっと顔を出したのは、蓬髪を簡単にまとめただけの髪型に薄汚れた直垂といった姿の男であり、右手には抜き身の太刀をぶら下げていた。

 検非違使が弾正台の仕事を奪いつつあるといえども、お互いに機関としては協力し合っているところもあり、いがみ合っているというわけではなかった。それに検非違使で篁のことを知らぬ者など誰もいない。それにも関わらず、その男は篁の顔を見ても何の反応も示さなかった。


「調べるとは、何を調べるのだ」

「いいから黙っていろ。ここに太刀を置け」


 検非違使を名乗った男がいう。巡察弾正が「どうしますか」と目で伝えて来たので、篁はここは任せておけという意味で、巡察弾正に向かって軽く頷いてみせた。


「検非違使の方と申されたが、どのような役職につかれているのでしょうか」

「そ、それはだな……」


 男は篁に質問されたことが予想外だったらしく、返答に困った様子を見せた。


「もしや、放免の方でございますか」

「あ、ああ、そうだ。そう、放免。放免だった」

「そうでしたか。放免であるならば、小野篁様はご存じでしょうか」

「知っておるぞ。あやつとわしは同じ放免じゃからな」

「そうでございましたか」


 篁はそう言って笑みを浮かべると、男の襟首をぐっと掴み上げた。

 あまりに突然のことに、男は驚きの声を上げる。


「な、なにをする」

「お前が最近よく平安京たいらのみやこに出るという強盗か」

「や、やめろ、わしは検非違使の……」

「もう嘘をつく必要はない。我々は弾正台の役人だ」

「えっ、弾正台。お許しください、どうかお許しください」


 男は篁の正体を知り、慌てた。


「では、他の仲間のいるところへ連れて行ってもらおうか」


 男は項垂れて、篁たちを夜盗の根城へと案内した。

 そこは平安京の外。羅城門から少し歩いたところにある廃寺であった。

 敷地内にはかがり火が焚かれており、数人の男たちの姿が見える。

 篁は巡察弾正たちに捕まえた男のことを縛り上げさせ、検非違使のところへ連れて行くように指示した。


「篁様はどうするのですか」

「私は、ここでしばらく盗賊たちの様子を見張る。もし私が戻らなければ弾正台と検非違使へこの場所のことを伝えよ」

「わかりました。くれぐれもお気をつけて」


 巡察弾正たちは、捕まえた男を連れて大内裏へと戻っていった。

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