地獄の沙汰
冥府にある閻魔大王の執務室には、閻魔のほか、司命の花、司録の老人、同生、同名と呼ばれる男女の童子たちがいた。
花によれば、皆、閻魔大王の眷属なのだそうだ。
司録は閻魔大王の裁判の記録を取る役割の者であり、同生と同名は人の行いを常に監視しており、その行いを死後に閻魔大王に報告する役の者であるそうだ。
「閻魔大王、あなたの周りにはこれだけ優秀な人材がそろっているというのに、なぜ私に鬼狩りをさせるのだ」
篁は自分の思っていた疑問を率直にぶつけてみた。
「我が眷属たちには、それぞれの仕事がある。先ほどの様子を見てわかったであろう、冥府の沙汰待ちは大行列なのだ」
「しかし、だからといって、何故に私なのだ」
「獄卒を地獄から現世へ送り込むわけにも行くまい。現世のことは、現世の人間にやってもらうのが一番なのだ」
「私以外にも立派な武人たちはいるはずだ」
「そこは篁、お前の腕を見込んでの頼みだ。実際にお前は羅城門で獄卒を討伐した」
「まさか、あれも閻魔が仕込んだことだったのか」
「いや違う。実際にあの獄卒は地獄から逃亡し、現世に住み着いていた。ずっと探していたおりに、花が羅城門で獄卒を見つけたため、近くにいたお主の力を借りたというわけだ」
「近くにいたから、私を頼ったのか」
「いや、まあ、そうではあるが、現世で花の姿を見ることのできる者は少ない。やはり、そこは篁、お主だったからこそ頼ったのだろうよ。なあ、そうであろう、花よ」
閻魔の言葉に花は無言で頷く。
その話を聞いて、篁は納得いくような、いかないような、何ともいえない気持ちだった。
すべては、閻魔大王の手のひらの上で起きていることなのではないだろうか。
そんな風にも思えたのだ。
「では、今回のことは」
「狗頭の羅刹が、いつの間にか姿を消した」
「狗だと……」
羅刹には様々な容姿の者がいる。牛頭馬頭を代表に、獅子頭、狗頭、鹿頭、猪頭、虎頭などの容姿をした羅刹がいるそうだ。
なお、冥府や地獄で閻魔大王が使役させている羅刹は獄卒と呼ばれるが、閻魔大王の配下では無くなったものや、最初から閻魔大王には仕えていないものに関しては羅刹と呼んだり、牛頭であれば牛鬼などと鬼を付けて呼んだりする。
「そやつは狗神などと名乗って、現世で悪さを働いているらしい」
「神だと。私に神を斬れと申されるか」
「狗神は本物ではない、偽物の神だ。何の問題もない。それにお主には良き太刀があるだろう」
そう言われて篁は腰に佩いた太刀のことを思い出した。やはりこの太刀の送り主は閻魔だったようだ。
「それでは、頼んだぞ、篁」
誰もやるとは言っていないにも関わらず、閻魔大王はその場を解散させ、さっさと執務室から出て行ってしまった。
強引な奴だ。
篁はそう思いながらも、どのようにして狗神とやらを見つけ出せばいいのかと考えはじめていた。




