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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
鬼切の太刀
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鬼切の太刀

 その日、篁の屋敷に訪ねてくる人があった。

 非番であった篁は自室にもって書をしたためたり、歌を作ってみたりとしていたところだった。


「こちらは、小野篁様のお屋敷でよろしいですかな」


 そういって訪ねてきたのは、商人の身なりをした小男だった。

 篁は普段から質素な暮らしを心がけており、俸祿ほうろくの殆どは貧しい友人などに分け与えていたため、屋敷を訪ねてくるような商人とは無縁の暮らしをしていた。


「私が篁だが、何用かな」

「これはこれは、小野様。本日は、とある逸品をお持ちいたしました」


 商人は持っていた布包みを下ろすと、その場で中身を広げようとする。


「待たれよ。私に何かを売りつけようとしても無駄だぞ」

「そうおっしゃいますと」

「金が無い」

「何をおっしゃいます、弾正少忠ともあろうお方が」

「本当だ。このボロ屋敷を見ればわかるだろう」

「そんなことを言わずに、見るだけはタダですので見てくださいな」


 商人は包みを広げて立派な太刀を篁に見せた。


「これは……」

「わかりますか、篁様」

「ああ。良い太刀だ。抜かなくてもわかる」

「是非、抜いてみてください。さらなる素晴らしさがわかるかと思います」


 篁は商人に進められるがままに、その太刀を鞘から抜いた。

 これほどまでに素晴らしい太刀は見たことがなかった。

 太刀の反り具合、輝き、しのぎ。どれをとっても文句のつけようのない美しさがある。

 しかし、篁は首を横に振るようにして、太刀を鞘の中に収めた。


「お気に召しませんでしたか」

「いや、そんなことはない」

「ではなぜ、鞘に収められてしまったのですか」

「素晴らしい太刀であるということはわかった。だが、これ以上見ていても、私には手の届かない存在なのだ。すまないが、お引取り願おう」


 篁はそう言って太刀を商人に返そうとした。


「お待ち下さい、篁様。実を申しますと、本日こちらへやって来たのは、とある御仁にお願いされたからにございます」

「どういうことだ」

「とある御仁より、貴方様へこの太刀を届けるように申し付けられて参ったのです」

「なんと。それはどなたかな」

「申し上げるわけにはいきません。それがその御仁とのお約束でして」

「それでは、受け取れん」

「そうおっしゃらずに、お受け取りください。篁様に受け取ってもらえなければ、私めがお叱りを受けてしまいます」

「しかしなあ……」


 これは困ったぞ。篁は思った。

 誰だかわからぬ相手から、このように立派な太刀を受け取るわけにはいかない。

 これを受け取れば、それ相応の礼をしなければならない。

 しかし、それに見合った礼品を返せるほどの財力は篁にはないのだ。


「どうか、お受け取りください」

「うむ……少しお待ちいただけるか」


 篁は商人にそう言うと、自室へと入っていった。

 しばらくして戻ってきた篁の手には一通のふみがあった。


「私に出来るのは、ふみを書くことぐらいだ。すまないが、その御仁にこの文を渡してはもらえないだろうか」

「わかりました。確かにお届けいたします」

「本当に何と言っていいのか。私が感謝していたということもお伝え願いたい」

「わかっております。その太刀は篁様に相応ふさわしいと、その御仁も思っておいでです」


 商人は頭を低く下げると、篁の屋敷を去っていった。

 本当に立派な太刀だった。

 鞘から抜いてみると、その美しさに篁は魅了された。

 しかし、こんな立派な太刀を送ってくれる御仁とは、一体誰なのだろうか。

 紀善峯が以前話していたのは、宮内卿であられる藤原三守様が書や歌について褒めてくれているという話だった。書や歌で褒めてくれるような御仁であれば、わざわざ太刀を送ってくるということはしないだろう。他にも自分のことを買ってくれている人がいるというのだろうか。

 篁は太刀を見つめながら、色々なことを考えていた。


 ふと気になり、篁は太刀の柄を取り外してなかごに打たれた銘を確認してみた。


鬼切おにきり無銘むめい


 そう茎には銘が打たれている。


「鬼切とな……」


 篁は口に出して呟きながら、冥府で閻魔と盃を交わしていた時のことを思い出していた。

 もしや、送り主というのは閻魔大王なのか。

 そう思いながら、太刀を元に戻す。

 鬼切無銘。なるほどな。これであれば、鬼をも斬れるということなのだろうか。

 気に入った。

 篁はその日から、鬼切無銘を腰に佩くようになった。

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