獅子頭
「女子よりも、お前の方が面白そうだな、篁」
羅刹はそう言うや否や、さらって来た姫を寺の堂の中に投げ込んで、篁の方へと向かってきた。
矢で射るには、間に合わなかった。
弓を捨てた篁は、腰に佩いた太刀へと手を伸ばす。
ものすごい衝撃が篁の胸を襲った。
前蹴りだった。
獅子頭の羅刹の蹴りは強烈なものであり、篁の身体は宙に浮くと、背後にあった苔むした石灯篭に衝突した。
「楽しいかな、楽しいかな」
羅刹は笑う。
笑うたびに口からは、蒼い鬼火が燃え出てきていた。
背中を強く石灯篭に打ち付けられたため、篁はうまく呼吸ができなくなっていた。
少し身体を動かし、骨が折れていないことを確認する。
大丈夫だ。動ける。しかし、体中が痛かった。
息吹で呼吸を整える。
大丈夫、大丈夫だ。まだ戦える。
篁はゆっくりと太刀を抜き、太刀を構えると、羅刹との間合いを取った。
再び羅刹が動いた。
今度は右手を振り回すようにして殴りかかってくる。
ぎりぎりのところで、篁はその羅刹の拳を避け、太刀を振る。
太刀は羅刹の右腕に当たる。
しかし、硬い岩でも叩いたかのような感触がするだけで、羅刹の腕には傷ひとつ残すことができなかった。
「どうした、どうした」
羅刹はそう言いながら、左右の腕を振り回す。
防戦一方。
羅刹の腕を避けることで精一杯になっており、攻撃するまで手が回らなかった。
このままでは、体力ばかりが消耗していくだけである。
少しずつ、篁の避ける速度が遅くなってきていた。
篁に焦りが生まれる。
そこへ強烈な一撃が来た。
しかし、篁にはそれが見えていた。
羅刹の繰り出した拳を避け、篁は太刀を突き出す。
心の臓。
太刀の先端が突き刺さる。
しかし、篁の手に伝わってきたのは、またしても岩を叩いたときのような硬い感触だった。
まずい。
そう思った時は、遅かった。
羅刹は自分の胸に突き刺さった太刀を握ると、がら空きになっている篁の腹のあたりに拳を繰り出してきた。
一瞬の迷いが命取りになる。
篁は咄嗟に、太刀を持つ手を離していた。
鋭い風が先ほどまで篁が立っていた場所を吹き抜ける。
間一髪のところで、篁は羅刹の拳を避けていた。
太刀は羅刹の胸に突き刺さったままである。
篁は間合いをはかるように、少し後ろに下がった。
「さあ、どうする。どうする、篁」
相手が人間であれば、太刀を失ったときは組み合いに持ち込めばよかった。
蝦夷との戦いで組み合いになった際も、篁は負けたことがなかった。
だが、相手は自分よりも大きな獅子頭の鬼である。組み合って勝ち目はあるだろうか。
「どうした、どうした」
篁は意を決して、羅刹に組みついた。
「面白きかな、面白きかな」
羅刹が笑いながらいう。
やはり、鬼の力というのは尋常なものではなかった。
掴まれただけで、腕が引きちぎられるのではないかというぐらいの力を感じる。
やはり力では、敵わぬか。
篁はそう思うと同時に、組み合いの技を思い出していた。
組み合いの技というものは、力ではない。逆に力を抜いて、相手の力を利用するのだ。
篁は自分の胸を羅刹の身体に付けるようにして、身体を寄せた。
羅刹は篁が何をしようとしているのか、わかってはいない。
息吹を使い、篁は呼吸を整えると身体を捻るようにして、羅刹の身体を自分の身体の上に乗せるようにした。
その刹那、羅刹の身体が浮いた。
何が起きたのかわからない羅刹は、慌てて手足をじたばたと動かしたが、時すでに遅しだった。
羅刹の大きな体は宙を舞い、そのまま地面へと叩きつけられた。
鈍い轟音が辺りを震わせる。
篁は羅刹の胸に刺さっている自分の太刀へと手を伸ばす。
太刀の柄に手を掛け、羅刹の胸から引き抜こうと力を込める。
次の瞬間、篁は身体に衝撃を感じた。
羅刹の太い腕が飛んできたのだ。
その太い腕をぶつけられた篁の身体は、大きく後方へと弾き飛ばされた。
しかし、篁は太刀の柄を握っていた手を離さなかった。
太刀が軽くなったような感覚はあった。
手元を見ると、太刀が真ん中あたりで折れてしまっていた。
雄叫びをあげながら、羅刹が頭から突っ込んでくる。
飛ぶようにして羅刹の身体を避けると、篁は手に持った折れてしまっている太刀を羅刹へと投げつけた。
「逃げるのか、逃げるのか」
羅刹の胸には、太刀の先端が刺さったままとなっている。
万事休す、か。
篁は羅刹との距離を取りながら、思っていた。




