獅子頭
童子の足は速く、偉丈夫である篁と進む速度はあまり変わらなかった。
羅生門を潜り、平安京の外に出るとかつて長岡京があった方向へと童子は歩きはじめた。
篁は童子に従い、無言でその後をついていく。
しばらく歩いたところで、童子が歩みを止めた。
その先に見えるのは、廃寺であった。
「ここだよ、篁様」
「わかった」
篁は肩に掛けていた弓を手に取ると、廃寺の苔むした石畳の上を歩いた。
「我は小野篁と申す。どなたかいらっしゃらぬか」
半分朽ちている堂の中に大声で呼びかける。
反応はなかった。
しかし、篁は気付いていた。
あの臭いがすると。
「どなたか、おらぬか」
再度、篁は大声で呼びかける。
いつの間にか、辺りには靄が立ち込めてきていた。
やはり、現世の者ではない者がいる。
ゆっくりと篁は手に持った弓に矢を番えた。
「篁様、私が鬼をおびき出しましょう」
童子はそう言うと大きく息を吸いこんで、口から息を吹き出した。
それは息を吹きかけて、火を消そうとするような仕草だった。
強い風が吹く。
すると、寺の堂から蒼い鬼火があがった。
「誰じゃ、わしの邪魔をするのは」
堂の扉が開き、いくつもの鬼火が出てくる。
篁は弓を引き絞り、狙いを定める。
「愚かな、愚かな」
堂の扉から丸太のように太い腕がぬっと出てくる。
続いて足。こちらもかなり大きい。
そして、全身が露わになる。
思っていた以上の大きさに、さすがの篁もたじろいだ。
「愚かよのう」
その鬼の姿は、何とも奇妙なものであった。
筋骨隆々の灰色の身体に、顔は獅子(唐獅子=狛犬のモデルとされている架空の動物)。
閻魔大王に会った際に、牛頭馬頭の姿は見たが、獅子頭というのを見るのは初めてのことだった。
唖然とした篁は、その雰囲気に飲まれてしまい、矢を放つことを忘れていた。
「愚か者の汝、名を何と申すのじゃ」
獅子頭が喋るたびに口からは蒼い炎があがる。
「我は、弾正少忠、小野篁だ」
篁が名乗りをあげると、獅子頭は笑い声をあげた。
「なるほど、愚か者の篁か」
「こちらは名乗ったのだ、そちらも名乗られよ」
「名か……羅刹。わしをそう呼ぶ者もいるな」
「獅子頭の羅刹か。羅刹よ、お主が連れ去った姫を返してもらうぞ」
「姫……ああ、あの女子か」
「連れ去ったのだな」
「安心しろ、まだ喰ろうてはおらぬわ」
羅刹はにやりと笑うと、左手を堂の中に突っ込んで何かを引っ張り出してきた。
堂の中から羅刹が引っ張り出したもの、それは長い黒髪の姫であった。
乱れた着物の裾からは、白い太ももの露わとなっており、どこか艶めかしい色気がある。
その姫の顔に見覚えはなかった。
篁は内心、ほっとした。
あの夜の姫ではない、と。




